進化する自動車が新しい「21世紀型製造業」の牽引車

 「20世紀型産業」の雄としてこの100年間、経済・産業を主導してきた自動車産業に今、新しい「21世紀型産業」として躍進する可能性が垣間見られ始めつつあります。

「20世紀型産業」としての自動車と家電

 20世紀という時代は、家電と自動車に代表される「20世紀型産業」に支えられていました。両方とも米国で作られ、やがて世界中に広まり、20世紀の経済・産業をリードしてきました。

 家電はいうまでもなく、トーマス・エジソンの発明から始まった産業です。エジソンが創設した会社をルーツとして米ゼネラル・エレクトリック(GE)が発展し、家電は世界中に産業的な広がりを見せてきました。

 自動車については、1908年にヘンリー・フォードがT型フォードと呼ばれる大量生産型の自動車を開発したことで、普及が加速しました。ベルトコンベヤーを導入し、流れ作業で自動車を規格大量生産できる仕組みを創り出したのです。その結果、自動車は20世紀の中核的な主導産業として君臨してきたわけです。

 ところが21世紀に入って、「20世紀型産業」の一方の雄である家電は曲がり角を迎えます。

自動車産業には「進化の法則」が組み込まれている

 家電は20世紀末に産業として成熟期を迎えたことで、それを製造・販売する国や企業の代替わりが非常に激しく起きるようになりました。昔は米国、ヨーロッパがリードしていましたが、その後、日本に取って代わられ、そして今、中国や韓国、さらにはインドネシアなどの新興国へと拠点は移り変わっています。家電は20世紀にその大きな役割をいったん終えたと言っていいでしょう。

 では、もう一方の雄である自動車はどうなっているでしょうか。こちらは家電と違った新しい動きが出てきています。どうやら成熟段階を乗り越えて、次なる、新しいステージに進みつつある状況が見えてきました。

 自動車をよく見ると、「進化の法則」が産業自体に組み込まれているということがわかります。それは大きくわけて三つです。

 一つは、つねに時代の先端に向けてその産業自体が「変身(メタモルフォシス)」を遂げようとしていること(クリエイティブ性)。二つめは、完全にグローバル製品として広がり、深みを増しているということ(グローバル性)。そして三つめは、自動車は同じ形をして同じような機能を持っているかのように見えますが、じつはよく見るとその国の文化や技術が陰に陽に組み込まれているということです(カルチャー性)。

 これら三つの性質により、自動車産業は「進化の法則」を組み込むことに成功しています。

ますます求められる「クリエイティブ性」と「グローバル性」

 まずクリエイティブ性から詳しく見ていきましょう。自動車というものには、当初は利便性が求められていました。その後、安全性が求められるようになり、さらには快適性、燃費性能が追求されました。現在では環境性能が必須となっています。

 産業として確立されてから100年以上経つのに、ハイブリッドから電気自動車、燃料電池車と、どこまで進化するか想像もつかないのが自動車です。米グーグルや日本の自動車メーカーなどが推し進めている自動運転の技術も、自動車のクリエイティブ性のあらわれでしょう。この自動運転技術が進展すれば、スマートシティ単位での交通体系にまでつながってきます。

 このように、時代の要請に対して、自動車産業はクリエイティブに応え続けてきました。いってみれば、自動車に成熟段階はないということなのでしょう。そこが家電と決定的に違うところです。

 二つめのグローバル性という点では、世界的な自動車の潜在需要があげられます。まだまだ世界には自動車の普及していない国がたくさんあり、これからますます自動車の生産が拡大していくと考えられます。「量」としての制約がほとんどないというのが、自動車産業の特徴です。

その国固有の文化が生きる「カルチャー性」

 さらにクリエイティブ性の話からもわかるように、「質」においても自動車産業は制約を次々と突破してきました。「量」と「質」の両面において、自動車産業は非常に高い将来性を保ち続けています。

 続いて三つめのカルチャー性ですが、先ほども言ったように多様性にきわめて富むのが特徴です。たとえば日本車の場合には品質や居住性に優れています。軽自動車も日本特有の文化となっています。アジア的な人口密集地域では、この軽自動車スタイルが非常に有効でしょう。

 昨年末にスズキが「ハスラー」という新型軽自動車を発表しましたが、これは軽ワゴンとSUV(多目的スポーツ車)の組み合わせです。このように軽自動車のなかにもどんどん「進化の法則」が組み込まれていくと、軽自動車というのは決して日本の「ガラパゴス製品」ではなくて、むしろ今後グローバルな一般性を示す標準型製品になると思います。

 以上のような三つの「進化の法則」を組み込んでいる自動車産業には、成熟段階を超えた新しい未来が開かれ、それが新しい「21世紀型製造業」を引き起こす源になってくる可能性が大きいのです。

 そこで注目したいのが、「進化の法則」を支えている技術革新です。21世紀型の技術革新が、まさに自動車産業の「脱成熟化」をサポートしているのです。

自動車と家電を分けた技術の差は何か

 21世紀の技術革新の基本潮流は二つあります。一つはデジタル革命です。T型フォードに象徴される、20 世紀の製造業は大量規格製品でマスマーケットを対象にしていましたが、21世紀の製造業は今始まりつつあるデジタル化によって、個々のニーズに素早く対応していく、個別多品種製品の、高質なマス・オーダーマーケットを対象にしていくように変容していきます。これがone-offマーケットなのです。また、自動運転を含むIT化が、自動車をさらに進化させていくと言えます。

 もう一つは、モジュール化にあらがう擦り合わせ技術の進化です。モジュール化というのは部品と部品の組み合わせの、いわば「加算的技術」ですから、単純労働でも適応することができます。米アップルのiPhoneですら、完成品を作っているのはすべて中国にある工場です。モジュール化の進展により、家電を中心としたハイテク機器は新興国にマネされ、日本の家電業界は苦境に陥っているのは、まさに家電が「加算型製品」だからです。

 一方、自動車というのは、一部でモジュール化が進んでいるとはいえ、基本的に高度な擦り合わせ技術で作られています。部品と設計が絶妙に一体化、いいかえるとハードとソフトの「集積的技術」をベースとしていますから、新興国が簡単にマネすることはできません。自動車業界と家電業界を分けた最大のポイントは、モジュール技術と擦り合わせ技術の差、換言すれば家電が「1+1=2」の加算製品とすれば、車は「1+1>2」の集積製品という違いにあります。

 擦り合わせ技術とは、ハード&ソフト面における、最先端のあくなき追求であると同時に、過去の技術的な蓄積がカギとなります。トヨタが世界一になったのも、欧米の先端技術を取り入れる一方で、日本の伝統的な熟成技術を掛け合わせた、「集積(掛け算)力」のおかげであり、単なる「足し算力」に依存していないからなのです。

新しい「21世紀型産業」として波及効果は大きい

 ここまで見てきたように、自動車産業というのは「21世紀型産業」として、実に大きな可能性を秘めています。半導体メーカーに話を聞くと、少し前までは家電産業が最大の顧客でしたが、今は自動車産業が一番の得意先になっているようです。

 半導体など電子関連にかぎらず、自動車はあらゆる産業に広くかつ深くかかわり、今後は一段と大きくなります。鉄鋼やプラスチックなどの素材、部品、内装、ロボット、工作機械、情報通信、デザイン、流通、販売の各業種に至るまで、産業界への波及効果には甚大なものがあります。

 そのため、自動車産業が新しい「21世紀型産業」として浮上すれば、全産業への影響はきわめて大きく、確実に第3次産業革命の引き金になってきます。

 2014年は、まさに「21世紀型産業」としての自動車産業を日本の成長戦略に明確に位置づけ、21世紀型の日本製造業の新たな出発点にしてほしいと思います。そして、それは日本の自動車産業および多様な関連諸産業にとって可能なことなのです。
齋藤 精一郎(さいとう・せいいちろう)
NTTデータ経営研究所 所長、千葉商科大学大学院名誉教授
社会経済学者、エコノミスト

nikkeibp.co.jp(2014-01-06)