F1がHVの「ショーケース」に ホンダ復帰、トヨタは?

 自動車レースの最高峰、「フォーミュラワン」(F1)が、ハイブリッド車(HV)の技術を競い合う「ショーケース」に変貌しそうだ。発端はF1選手権のレースを世界各地で主催する国際自動車連盟(FIA)が、2014年のシーズンに向けて変更したテクニカルレギュレーション(技術規定)である。2013年を準備期間として2014年から車両規定が大幅に改訂され、最新のエコカー技術をふんだんに盛り込めるようになったのである。

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 この変更を受け、いち早くF1への復帰を決めたのがホンダだ。2013年5月中旬にそれを発表した(図1)。一方、量産型HVの販売台数でトップを独走するトヨタもF1に復帰するかどうかが注目されている。F1を舞台にした、トヨタとホンダのHV技術の最高峰を競う戦いを目にすることができる可能性もありそうだ。

■2014年シーズンはエコカー技術ずくめ

 F1のテクニカルレギュレーションはどう変わるのか。駆動系の心臓部となるエンジンは、排気量と気筒数が2.4LのV型8気筒から1.6LのV型6気筒へとそれぞれ縮小される。小排気量化による出力不足を補うために、過給器(ターボチャージャー)と加速アシスト用モーター(MGU-K: Motor Generator Unit-Kinetic)の追加が可能になる。

 この仕様は、欧州を中心に普及したエコカー技術である「ダウンサイジング過給」と、日本勢のお家芸とも言えるHV化を組み合わせたものだ。1.6LでV6は通常の市販車両での採用例は少ないが、このV6エンジンの半分だけを取ると3気筒800ccとなる。これはダウンサイジング過給技術を採用した市販車で最近よく見られるスペックに近い。

 例えば、独フォルクスワーゲンの小型車「UP!」は、直列3気筒、999ccのエンジンを採用している。伊フィアットの小型車「Fiat500 TwinAir」は、気筒をさらに減らしており、直列2気筒、875ccに過給器を追加した構成のパワートレインを持つ(図2)。

 HV化に関しては、MGU-Kの追加によって制動時のエネルギー回収、つまりHVで採用される回生ブレーキの使用が可能になる。これに関しては、運動エネルギー回生システム(KERS)として2009年以降、レギュレーションとして既に認められていたことがあった。今回の変更では、出力の上限が60kWから120kWと倍増された。エンジンが小排気量化されたため、ターボが効き始めるまでの間(ターボラグ)の出力を補うためにもMGU-Kが必須となった格好だ。

 さらに、運動エネルギーだけではなく、MGU-H(Motor Generator Unit-Heat)による熱エネルギーの回収も今回の変更で認められた。これにより、過給器とその周辺で発生する熱をMGU-Hの熱電変換素子によって電気に変え、加速用にMGU-Kで使ったり、蓄電池に貯めて後に加速が必要な時に使ったりといったことが可能となる。回生ブレーキの採用では市販のHVが先行していたが、熱エネルギーの回収と再利用ではF1が一歩リードすることになりそうだ。

■低燃費化でドライバーのレース運びも一変

 従来、F1の燃費は、わずか1.5〜1.6km/Lしかなかった。それが、低燃費技術や燃料使用量の上限設定(1レースで100kg)により、2014年のシーズンから最低でも3km/L以上と大幅に向上することになる。

 この数字は、市販のHVの燃費と比べればまだ一桁低い。それでも、FIAとしては大きな決断であったことが、ホンダの記者発表における伊東孝紳社長の「新レギュレーション導入という英断が下された」というコメントからうかがえる 。

 当初のレギュレーション変更では、レース場のピット(車両整備場)内で各車両にEV(電気自動車)走行を義務付けるという規定も盛り込まれる予定だったらしい。これに関しては技術的な難易度が高過ぎるためか、チーム側などから反対の声もあり、2014年のシーズンでは見送られたようだ。

 テクニカルレギュレーションの大幅な変更は、F1のレース車を製作する技術者や運転するドライバーにも大きな影響を与える。F1の元チャンピオンであるアラン・プロスト氏は、英AUTOSPORT誌の取材に対して「今回のレギュレーション変更は、ドライバーや技術者にとって大きなチャレンジだ。燃料の残量や回生エネルギーを考慮したエンジンの使い方は、従来のF1レースとは全く異なったものになるだろう」と語っている。

■F1復帰で見込める効果

 ホンダがF1への復帰を決断したのは、2014年からのF1ではHV化やダウンサイジング過給などの低燃費化技術が必須であり、それらを市販車両向けに活かせるという相乗効果を期待しているからだ。

 さらに、新興国への事業展開やHVとして生まれ変わる高級スポーツカー「NSX」の市場再投入では、F1参戦によるブランド価値向上という広報上の効果も少なからず見込める(図3)。

 だとすれば、ハイブリッド車の技術や市場でリードしているトヨタがこのまま黙って見ているとは考えにくい。実際、国外のネットメディアなどでは、トヨタもホンダに続いてF1に復帰するのではないかという憶測も多い。

 公式な発表こそまだ一切ないものの、HVで市場トップを自負するトヨタにとって、HV技術のショーケースに変貌するF1が、低燃費化技術の開発やブランド価値向上の手段として魅力的に映るのはホンダと同様だろう。
(テクノアソシエーツ 大場淳一)

nikkei.com(2013-09-11)