役に立たなければロボットじゃない!
最新版 HONDAアシモの「三つの優れた能力」

 人型ロボット(ヒューマノイド)は何の役に立つのか? ホンダの「アシモ」が登場して以来、常にそう問われてきた。だが、福島原発事故でその見方は一変し、ヒューマノイドこそが人間の代わりに災害現場で活躍できるロボットと世界が注目するようになった。最も進んだヒューマノイドであるアシモの「三つの優れた能力」について、開発を統括する、本田技術研究所基礎技術研究センターの重見聡史・第5研究室室長に聞いた。

             インタビュー/長坂邦宏 nikkei BPnet編集
                        文・構成/宮島 理

人とぶつかるのを避ける能力

――人型ロボットのアシモ(ASIMO)はどのように数えるのですか。1台、2台?

重見聡史さん(以下、重見) 「1体、2体」というふうに数えています(笑)。

――現在、新型アシモは何体存在しているのですか。

重見 まだ研究段階のプロトモデルなので、10体以下ですね。

――2011年11月に登場した現在のアシモには、「知的能力の進化」「身体能力の進化」「作業機能の向上」という三つの特徴があります。

 まずは「知的能力の進化」についておたずねします。「知的能力の進化」として、「すれ違う人の歩く方向を予測して、ぶつからないように進む」ことが二足歩行ロボットとして世界で初めて可能になったそうですね。どんな仕組みなのでしょうか。

重見 まず、ベースとなる地図情報がアシモ内部に入っています。そのうえで、目的地を指定してあげれば、ルートを自分で生成し、動いていくような形になっています。

 生成されたルート上を進んでいく中で、人が通りかかった場合には、人がどれくらいのスピードでどの方向に歩いているのかということを、人の顔の向きや体の傾きなどから予測します。もし、人とぶつかるようであれば方向を変えて避けますし、ぶつからないようであれば、そのまま前進します。人を避けながら、細かくルートを補正して、目的地まで向かっていくという仕組みです。

約3秒先の動きを予測し、動作を変える

重見 とくに重要なのは3秒くらい先まで予測することです。もし予測しなければ、動作速度的に対応できなくなってアシモはいちいち立ち止まってしまいます。人が通り過ぎるまで待っているロボットになってしまう(笑)。ちゃんと先まで予測できていれば、限られた動作速度でも、あらかじめ回避することができるというわけです。

 予測、すなわち時間軸の観点を取り入れたことが、新型アシモの特徴と言えます。

――人が近づいていることを知り、その行方を予測するためには、アシモに感知する能力が必要ですね。感知能力については、どのようになっているのですか。

重見 アシモがいる空間に設置されたカメラなどの空間センサーも使っています。また、アシモ自身に内蔵されたアイカメラで、人の顔や体なども認識しています。これらのセンサーで周囲の状況を感知しています。ほかにもいくつかのカメラやセンサーを使っています。

――空間センサーは、具体的にどのような働きをしているのですか。

重見 たとえば空間の角の部分など、ロボット側からは見えないところがあります。そういったところは空間センサーを使って感知し、ロボットがそこにぶつからないようにします。見えないところを補って、ロボットに教えてあげるという機能を果たしています。

――アシモと人がすれ違う場合、どれくらいの速度まで対応できるのですか。人が速く歩く場合も想定されますが。

重見 人の歩く速度が時速4キロくらいまでなら、対応して避けることができるようになっています。アシモ自身は時速2.7キロで歩いています。

時速9キロで走り、ケンケンや両足ジャンプもできる

――次に「身体能力の進化」についてうかがいます。歩行は時速2.7キロということですが、時速9キロで走れるようになりましたね。その一方で、凸凹の路面も歩けるようになりました。  おもしろいのは世界で初めて「片足ジャンプ(ケンケン)」や「両足ジャンプ」を連続してできるようになったことです。このジャンプ能力は、どのようにして実現したのですか。

重見 ジャンプして空中にいる時間を長くしないと、ケンケンや両足ジャンプはできませんので、滞空時間を長くする必要がありました。そのためには、ジャンプしている間も、姿勢のバランスを取らなければなりません。空中における姿勢のバランスという点が一番難しかったですね。ケンケンの場合は、滞空時間が0.1秒となっています。

――着地するときは大きな衝撃がかかると思いますが、一番負荷がかかるのは足首ですか。

重見 そうですね。ですから、アシモの足首にはゴムブッシュ(円柱形のゴム部品)と呼ばれるものが入っています。足裏と足首の間に四つのゴムブッシュが入っていて衝撃を吸収しています。

ジャンプするときの姿勢を制御し、重心を安定させる

――ケンケンと両足ジャンプとでは、姿勢制御の方法は違うのですね。

重見 当然、片足と両足とでは、姿勢の傾きが違ってきますので、そこの部分の補正が必要となります。また、両足の場合は、ちゃんと同期して両方の足で着地しなければなりません。アシモに内蔵された加速度センサーとジャイロセンサー(角速度センサー)、6軸力センサー(力覚センサー)によって、そうした補正が行われています。

 そもそも、つま先まで含めて滑らずにジャンプするということ自体が技術的には結構難しいんです。ジャンプしようとかかとを上げていくと、足と地面との摩擦がどんどん少なくなっていきます。最終的にはつま先だけで地面に触れているわけですが、その小さい摩擦でも滑らないように、ちゃんと地面を蹴らなければならない。そのために姿勢を制御し、重心を安定させるといった補正を絶えず行わせています。

 開発過程では、最初のうちはどうしてもアシモの足が滑ってしまって、ジャンプし続けることができませんでした。人間は連続ジャンプを簡単にできるので、ロボットでも簡単にできるだろうと思われがちですが、実際には非常に難しい動作を行っているんですね。

 実は、まったく同じジャンプというのは存在しません。そのときの状況に応じてコンピューターが計算し、その都度まったく違うジャンプを行う必要がある。連続してジャンプするには、そうした計算の繰り返しをしなければなりません。

最新のCPUを5個使っているイメージ

――着地するときも滑りへの対策が難しそうですね。

重見 かかとから着地して衝撃を吸収してやる必要があります。同時に、脚にかかる力に応じて、脚の関節をうまく動かしてやらなければならない。その辺の補正をしなければ、着地の衝撃やスリップで転倒してしまうことになります。

 さらに言えば、足が地面に着いてからフィードバックをかけても間に合いません。ですから、地面の位置や接地面を推定させたうえで、予測しながら動作を行い、スムーズに着地するようにしています。

――それだけの計算を瞬時に行うとなると、かなりの処理能力が要りそうですね。アシモの処理能力はどの程度なのでしょうか。

重見 最新のパソコンのCPUが5個分くらい入っているとイメージしてもらえればいいと思います。運動能力だけでなく、計算能力、画像処理能力、音声認識能力も必要ですから、それなりの性能が備わっています。

6軸力センサーで紙コップの握り加減を検出

――続いて「作業機能の向上」についておたずねします。「水筒を握り、ふたを開け、紙コップも持って水を注ぐ」ことができるようになりましたが、紙コップにどれくらいの水を入れればいいか、といったところまでアシモが判断しているのですか。

重見 指先に6軸力センサーが付いていますから、紙コップに入っている水の重さを検知することができます。ですから、「この重さまで水を入れろ」と指示してやれば、適切なところで水を入れるのを止めることができるようになっています。

――紙コップを強く握りすぎるとつぶれてしまうので、その辺りも6軸力センサーで加減していると思うのですが、水を入れていくと指先にかかる力が変化して大変そうですね。

重見 おっしゃる通り、最初は紙コップが軽いので、弱く握っています。しかし、水が入って重くなると、強く握らなければ紙コップが落ちてしまう。人間もそうですが、基本的に親指と人差し指、中指の3本で紙コップを支え、残りの2本の指は添えているだけです。そこで、3本の指でバランスが取れるように6軸力センサーが働いて、握り方を補正していくという仕組みになっています。

――アシモの自然な動作を実現するために、人間の体の仕組みについても研究するようなことはされているのですか。

重見 人間の骨の構造や筋肉の構造については調べています。関節がどれくらいの角度でどういうふうに動くのか、どういった作業をするために関節の動きが必要なのかといったことも見たうえで、アシモの開発に活かしています。

人間の身近なところで共存して役に立つ存在を目指す

――ここまで新型アシモの三つの特徴についてうかがってきましたが、これらの特徴を実現したことにどんな意味があるのでしょうか。

重見 私たちはアシモというものが人間の身近なところで共存して役に立つ存在になることを目指しています。さまざまに変化する実環境の中で、ロボットが臨機応変に対応していかなければならない。実環境には、同じシチュエーションというものは存在しません。ロボット側に人間が合わせるのではなく、ロボットがその環境に合わせて対応していくことが重要だと考えています。

 そのためには、とっさのときに避けるといった動作ができるようにならなければなりません。ケンケンなどの動作も、姿勢制御などの身体能力を持たせるために研究テーマとして取り入れたというわけです。

 また、手先の自由度が増えたことも大きな意味があると考えています。前のモデルでは移動することがメーンでしたが、新型アシモでは、移動して、さらに手先で作業もできる。役に立つロボットというところに、少しずつ近づいていると思います。役に立たないとロボットとは言えないですからね。

ロボットがいることで人の暮らしが変わる

――あらためてアシモの開発理念についてお聞かせください。

重見 人間の身近なところで役に立つロボットを作るというのが理念です。人間と共存しながら、人間がやってもらいたいと思うことをロボットが実行する。イメージとしては、自分の分身として、自分のことをアシストしてくれるロボットですね。

 やはりロボットというものは、人にとって役に立つものであるべきだと思います。具体的には、忘れ物をしてしまったらアシモが取ってきてくれるといったようなことまでできるようにしたいと考えています。

 ロボットがいることで、人の暮らしが変わるだろう、という思いもあります。未来を見据えて、人々の暮らしが便利になるようなロボットを開発していきたいですね。

 ロボット自体はコンピューターでもありますから、たくさんの情報を持っています。その情報を人間に提供することができる。また、人とロボットが直接コミュニケーションをとることができるわけですから、キーボードやマウス、リモコンといった装置も必要なくなります。

 新聞や雑誌しかなかった時代にテレビが登場したことで、映像や情報が簡単に手に入るようになり、人々の暮らしが大きく変わってきました。ロボットも、将来はテレビのような画期的なメディアになると考えています。

――そうした理念を実現するため、現在はどのような体制で開発を進めているのですか。

重見 アシモの開発を行っているのは、本田技術研究所基礎技術研究センターの第5研究室です。研究室では、情報系や機構系など、おおまかに担当が分かれていますが、基本的には全体で一緒になってやっています。お互いにやっていることがわからなければ、開発はうまくいきませんから。

1人の天才に頼るような開発はしない

――さまざまな技術とノウハウの蓄積によってアシモが開発されていると思いますが、研究室内で「技術の継承」はどのように行われているのでしょうか。それが十分でないと、キーパーソンが欠けてしまった時に開発が大きく滞ることにもなりかねません。

重見 個人のスキルというよりは、みんなでディスカッションしながらデザインレビューなどをしています。そこで出てきた考え方やノウハウみたいなものはデータベース化し、蓄積しています。

 1人の天才に頼るといった開発の進め方はしていません。そもそも、完全分業にして個人のスキルに頼ってしまうと、なかなかブレークスルーが起きず、開発が進まないんです。大事なのはロボット全体として機能が発揮されることですから、チームで開発を進めるというのが基本です。

――アシモはイノベーションの固まりのようなものですが、イノベーションのあり方については、どのようにお考えですか。

重見 まず、イノベーションを起こす理由が何かということをしっかり考えなくてはなりません。アシモの場合には、やはりロボットは人の役に立たなくてはならない。そこに価値を設定することによって、技術がイノベーションにつながっていくんだと思います。

 ただ、その価値設定の際に、あまり理想ばかりを描いてしまうと、技術的に何もできないということになりかねない。夢を描きながらも、現実的な技術を見据えながら、手に届くところを設定する必要があります。ブレークスルーのポイントは何か、というところまで考えて、研究を進めていくことが重要です。

「減災ロボット」が今後のテーマ

――現在、世界的にヒューマノイドの開発が活発になっています。たとえば米国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)は、「ロボティクス・チャレンジ」という計画を立ち上げ、2014年12月までに人間の道具が使えるヒューマノイドの完成を目指しています。韓国科学技術院も「HUBO」と呼ばれるロボットで、人工知能の開発協力を米国の大学などに呼びかけています。

 こうした動きは、東日本大震災を契機に災害救助や復興支援などでロボットの役割が注目されたことがきっかけとなっているのでしょうか。

重見 特に福島第一原発事故の影響は大きかったと思います。人間が入れない過酷な環境でロボットを活用するということに、多くの人が重要性を見いだしました。

 福島第一原発のように古いプラントであればあるほど、狭い場所や階段、はしごなど、移動しにくいところが多くなります。そのため、ロボットなら何でもいいというわけではなく、ヒューマノイドに注目が集まっているのだと思います。

――原発以外の化学プラントなどの事故でも、ヒューマノイドは活躍できそうですね。

重見 プラント事故の場合、初期のガスの漏れから小爆発、大爆発という段階があります。ガス漏れの段階で、元栓を閉めてやれば、小爆発、大爆発を防ぐことができます。

 たとえば可燃ガスが漏れてしまった場合、ガスそのものが有害であったり、あるいは燃える可能性があったりするので、人間は近づくことができません。代わりにロボットが出動して、元栓を閉めるなどの作業をする。大災害にしないための「減災ロボット」というものが、今後の開発テーマになってくると思います。

福島第一原発で使われる「高所調査用ロボット」

――災害のリスクを人間の代わりに背負うわけですね。

重見 現状では、事故の初期段階に人間がリスクを取って、現場の様子を点検しています。そうした人間のリスクを避けるためロボットにやらせる。また、事故発生後の対処についても、人間が行く場合には安全をチェックするのに時間がかかります。ロボットであれば、安全チェックの時間も最小限で済むというわけです。

――「減災ロボット」の開発は現在、どこまで進んでいるのですか。

重見 元栓を閉めることができるようなロボット・アームの開発などに取り組んでいます。

 ただ、ここで誤解をしていただきたくないのは、アシモがそのまま「減災ロボット」になって原発などの現場に出動するというわけではありません。「減災ロボット」としてふさわしい、別のタイプのロボットを開発しているところです。

――その一つの試みが福島第一原発で使用されている「高所調査用ロボット」ですね。

重見 これは、モーターもコンピューター系もアシモと同じものを使ったシステムです。当初は配管のバルブ開閉作業を想定して開発を進めていましたが、現在はアームの先に放射線量計を取り付けて、線量モニター用ロボットとして働かせることなども検討しています。

 もともと、アームの先を変えればいろんなことができるという基本設計がありましたから、その辺は臨機応変に対応することができます。

アシモの技術を自動車など乗り物にも応用

――それ以外に、アシモで培った技術はどんな応用が考えられますか。

重見 自動車への応用があります。すでに2012年から北米で販売している「シビック」には、アシモの技術が応用されています。

 「VSA(Vehicle Stability Assist)」という車両挙動安定化制御システムで、アシモの姿勢をコントロールするための制御理論が使われています。車輪のロックを防ぎ、自動車が横滑りせず、よりスムーズに安定して走行できるようにするシステムです。

――「UNI-CUB(ユニカブ)」という乗り物にも、アシモの技術が使われているそうですね。

重見 ユニカブには一輪と補助輪が付いていますが、アシモの姿勢制御を応用して、バランスを取りながら走行できるようにしています。ユニカブはコンパクトにできていますので、大きなショッピングモールや空港などで移動する際に、威力を発揮すると考えています。

――ヒューマノイドでは、アシモが世界の最先端にいるわけですが、このリードを今後も保てるとお考えですか。

重見 世界がヒューマノイドの開発に力を入れるようになった今は、むしろチャンスだと思っています。ヒューマノイドの価値が高まり、競争も活発になる。研究が盛んになるということが重要です。現在も海外の研究機関とは提携していますので、その辺のフィードバックもアシモの開発に生かせると思います。

子供たちが将来、科学の担い手になってくれればうれしい

――2011年から東日本大震災の被災地の子供たちを対象に「ASIMO特別授業」を開いていますね。アシモを実際に目にした子供たちの反応はいかがですか。

重見 まず、アシモ自体にものすごく興味を示してくれます。「どうやって動いているのか」という疑問を持って、授業を真剣に聞いてくれます。

 子供たちに技術への関心と理解を持ってもらうという意味では、非常に意義深いプロジェクトだと考えています。今後も続けていくつもりです。

――希望や夢、科学やテクノロジーに対する憧れを持ってもらうという意味でも、アシモの役割は大きいように思います。

重見 特に震災に苦しむ被災地では、科学への夢を通して子供たちに元気になってほしいと考えています。子供の時に受けたインスピレーションというのは一生心に残ります。アシモからインスピレーションを受けて、子供たちが将来、科学の担い手になってくれればうれしいですね。

nikkeibp.co.jp(2013-06-24)