6割が赤字工場 欧州自動車、史上最悪の状況に

 フォード・モーターの欧州部門を率いるスティーブン・オデル氏は、自動車工場の閉鎖がもたらすインパクトを嫌というほど知っている。昨年11月、フォードのベルギー工場閉鎖に腹を立て、棒やバットを手にした20〜30人の従業員がドイツ・ケルンの経営陣のオフィスに押し入り、ガラス張りの壁をたたき壊してオデル氏の執務室のドアまで押しかけてきたのだ。

 だが、欧州自動車市場が過去20年間で最悪の状況にあるなか、オデル氏は断固として、欧州大陸の自動車メーカーを苦しめている赤字を止めるためには、もっと多くの工場を閉鎖しなければならないと主張する。

 「業界は壊滅的な縮小に見舞われている」。フォードの欧州、中東、アフリカ部門の会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるオデル氏はこう言う。「最終的には、企業にとって正しい決断を下さねばならない。重力と戦うことはできない」

 そう考えるのは、オデル氏だけではない。欧州では、すべての量産車メーカーが史上最悪の販売減となりかねない不況にはまり込んでいる。年間700万台相当の生産能力が使用されず、合計の年間損失がおよそ50億ドルに上り、アナリストらが少なくともあと3年は続くと見る膨大な営業赤字に見舞われている。

 欧州自動車工業会(ACEA)のイバン・ホダック事務局長は「現在、欧州で利益を上げている会社は、存在したとしても非常に数が限られている。長期的には、この状況は持続不能だ」と言う。

 潮流に抗っているのは、欧州諸国の政府だ。パリからローマ、マドリードに至るまで、自動車メーカーに対して大きな影響力を持ち、雇用を守る決意を固めている政治家たちは、少なくとも自国の国境内でこれ以上の工場閉鎖は容認できないと明言している。

■生産能力を大きく下回る販売台数

 欧州連合(EU)域内の2012年の自動車販売台数は1310万台。2008年の1600万台から大きく落ち込んだ。今年は約7%減少し、1200万台を辛うじて上回る水準になる見込みだ。これに対し、EU域内の工場の生産能力は年間1910万台を若干上回っている。

 この設備余剰の結果、EU域内の工場の6割が赤字操業に陥っており、利益率のどん底をはう競争が勃発、車を少しでも売ろうと必死の企業が値引きに踏み切り、持続不能な水準までインセンティブ(販売奨励金)を積み増している。

 例外も存在する。ドイツでは、利益を上げているフォルクスワーゲン(VW)グループと高級車メーカーのBMW、メルセデスのおかげで、工場稼働率が80%を上回っている。

 VWと競合する多くの量産車メーカーは、欧州全体としての業界再編の合意が成立しないのは、ドイツが妨害しているからだと批判する。欧州全体としてリストラに取り組む案はフィアットのセルジオ・マルキオーネ会長が提案したもので、大陸の自動車メーカーの経営者の多くが支持している。

 ある程度のリストラは進んでいる。フォードは欧州で自動車工場を2つ閉鎖しており、プジョーとゼネラル・モーターズ(GM)のオペル部門は1つずつ閉鎖する。フィアットは2011年にシチリアの工場を閉鎖した。

 だが、これらの工場閉鎖による生産能力削減は、年間100万台を若干上回る程度だ。この数字は、欧州の年間販売台数が1300万台だと仮定した場合、大陸の自動車メーカーが採算ラインと見なされる75%の平均設備稼働率を満たすために必要な生産能力削減のざっと半分にすぎない。

 オデル氏は言う。「ある程度の設備削減は起きているが、業界が向かっている先の状況からすると、恐らく十分ではない。もっと削減すべきだ。需要が存在しない以上、市場はすぐには戻ってこないという明確なコンセンサスがある」

■経営難でも工場を閉鎖できない

 フランスの自動車市場に大きく依存するプジョーは昨年、30億ドル相当の現金を一気に使ってしまい、フォードは欧州で18億ドルの損失を計上した。両社とも、2014〜15年までに収支トントンを目指すと話している。  これは無理な注文だろう。モルガン・スタンレーの調査によると、合計でEUの自動車販売台数の約42%を占める量産車メーカーのフォード、オペル、プジョー、ルノー、フィアットは、2012年に売上高営業利益率が3〜9%のマイナス(営業赤字)になっている。

 だが、10億ドル規模の赤字がいかに苦いクスリであっても、高い失業率と奮闘する大陸では、さらなるリストラ、人員削減、工場閉鎖は政府にとって考えられないことだ。

 多くの経営者は自分たちの言い分を裏付けるために、米国市場との違いを引き合いに出す。米国では、GMとクライスラーが破産申請し、フォードが破綻しかけた後、3社が複数の工場を閉鎖し、労働組合と賃金条件を再交渉した。余剰設備を解消した3社は現在、健全な利益を上げている。欧州では、このような解決策が実行できそうにない。

 協調的な取り組みの代わりに、欧州の経営者らはこの事態を何とか切り抜けるために、できることをすべてやっている。

 ルノーは2016年までに人員を7500人削減する計画で、提携先である日本の日産自動車からも支援を得ている。日産はルノーに、一部の自動車とエンジンの生産を依頼した。

 ルノー最高執行責任者(COO)のカルロス・タバレス氏は「我々は少しずつ問題を解決している」と言う。ルノーは2016年からフラン工場で日産の「マイクラ」を8万2000台生産する予定で、タバレス氏は「要は効率の問題だ。とにかく問題に取り組み、人々にもっと成果を出すよう頼むしかない」と話す。

 イタリアでは、自動車工場の稼働率が欧州で最低の50%未満となっており、フィアットは従業員を解雇する代わりに自宅待機とし、国の特別手当を受け取れるようにしている。

 一方、フォードは、欧州で生産設備をさらに削減する計画はないが、状況を絶えず監視しているという。

 「欧州が、やらねばならないことを妨げないよう望んでいる」とオデル氏。同氏のオフィスの木枠の廊下は今、強化ガラスと鉄製の気密扉で守られている。「数学者なら同意してくれるだろう。だが、政治と数学は、常に同じ道を歩むとは限らない」
By Henry Foy(翻訳協力 JBpress)

nikkei.com(2013-07-12)