そこが聞きたい:ホンダF1復帰 新井康久氏

 ホンダが自動車レースの最高峰、フォーミュラワン(F1)に2015年から復帰する。08年を最後に撤退して以来、7年ぶり。このプロジェクトを統括する本田技術研究所取締役専務執行役員(四輪レース担当)の新井康久氏(56)に、復帰の経緯と今後の展望を聞いた。【聞き手・鈴木英世、写真・武市公孝】

ーー今回の決断にいたった理由は。

 14年のレギュレーション(規則)変更=1=でF1に必要とされる技術と、私たちが開発している環境技術の方向が一致したことが大きかったです。F1撤退以降、絶えずレースの規則について勉強してきました。「どのレースに、どのような技術が必要で、どんな競争が起こっているのか」ということです。そのなかに14年のF1の規則変更があった。エンジンの排気量が小さくなって一般の量産車に近付くし、(減速時のエネルギーをバッテリーに蓄える)エネルギー回生技術はハイブリッド車の技術そのもの。加えて、新しくF1に導入される「熱エネルギー回生システム」は非常に挑戦的な分野です。自動車は熱エネルギーの8割くらいを排ガスの形で捨てていますが、そこから熱エネルギーをどう回収するのか。排ガスは最もエネルギーとして取り返しづらい部分なのですが、これができるようになれば、その技術を量産車にフィードバックし、より環境にやさしい車を作れると思っています。

ーー00年から08年の前回参戦のうち最後の3年間はホンダ単独でした。今回はエンジンやエネルギー回生技術を組み合わせた複合的な「パワーユニット」を、車体設計を行うマクラーレンに供給する形です。

 前回の参戦は9年間で1勝しかできなかったのですが、何が原因だったのかを考えたときに「単独で参戦したから」ということになった。エンジン設計だけでなく、車体設計やチーム運営など、すべてをやりました。しかし、そこまでやるには経験が足りませんでした。学ぶことは多かったが、学んだところで終わった。それを踏まえ、パワーユニットに限定して参戦するのがホンダにとって最善、皆さんの期待に応えられる形である、となりました。

ーー新規則は14年からですが、参戦をその1年後にしたのはどのような事情からでしょうか。

 14年からと言えれば良かったのですが、とても間に合わない。1年遅れるメリットは「じっくりと」とは言えないが、きちっと設計できることだと思う。デメリットはレースでしか得られないものを、得られないこと。レースでは毎戦、新技術が投入され、フィードバックを得られる。我々は1年間、それを想像でカバーするしかない。

ーー現在、開発はどのような段階で、これからどのようなスケジュールで進められるのでしょう。

 5月に発表してから時間があまりたっておらず、まだ初期段階です。物は作っていないし、シミュレーションや数値計算をしているところで現実として物がある段階には来ていません。秋口にはパワーユニットの基本の形を見せられればと思っています。車に載せて走るとなるとかなり後、下手をすると15年に入りかねません。実際にレースを走る車両に載せてテストをしないと意味がないので、他の車に載せてテストをするようなことはないと思います。車に載せられるまでは、コンピューターの中で性能を上げていく作業と、実際にエンジンを組んでの実験を繰り返していくことになります。

ーー08年に撤退発表し、そのチームを引き継いだブラウンGPは翌年、タイトルを獲得しました。

 エンジンは(メルセデスに)変わりましたが、車体の大部分は私たちが設計したもの。開発していた方向は間違っていなかったという達成感と、何とも言い難い悔しさがありました。撤退を決めた頃には技術的にかなりの所まで来ていると実感していましたが、それを実証できたという思いと、自分たちの手でできなかったという思いが残りました。

ーー「マクラーレン・ホンダ」=2=というチームは1988?92年に大活躍し、周囲の期待も高まります。

 相当なプレッシャーだと思います。ネームバリューもあり、期待が高まるのも分かります。私も社内にいてマクラーレン・ホンダの活躍を横で見ていた。相当な覚悟を持って、いい結果を残せるようにしないといけないと、今、思っています。

ーー前回の撤退は、翌シーズンのエントリー後の表明で波紋を呼んだ。覚悟が求められるのでは。

 リーマン・ショック後に東日本大震災やタイの洪水、中国での日本車不買などさまざまな困難がありましたが、会社としてそれらを乗り越え、今後も耐えられると判断しての復帰です。「ホンダ」の看板を掲げて出ていくと発表したのは、長く活動するつもりだからこそ。腰を据えてやっていきますので、「ホンダ頑張れ」と声援を送っていただきたい。それが我々のやりがいになります。

 ◇聞いて一言

 ホンダが再びマクラーレンとコンビを組んでF1界に帰ってくると聞き、圧倒的強さを発揮した白と赤のマシンが思い起こされた。しかし、それと同様の強さを発揮するのは容易ではない。なによりも必要なのは研究・開発費で、ホンダの伊東孝紳社長は復帰表明した5月の記者会見で「言える内容ではない」と明言しなかったが、前回参戦時は年500億円だったといわれている。この投資に見合う成果を上げるためにも「マクラーレン・ホンダ」らしい活躍が求められる。

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 ■ことば

 ◇ 2014年F1規則変更

 13年までの自然吸気の2400ccV型8気筒エンジンから、ターボ付きの1600ccV型6気筒エンジンに小型化される。エンジンの小型化は市販車の世界でも進んでおり、今回の変更はその流れに沿ったもの。エネルギー回生システムも、排ガスなどの熱エネルギーを電気に変換してバッテリーに蓄えることも認められる。

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 ■人物略歴

 ◇あらい・やすひさ

1957年2月19日生まれ。81年にホンダの技術開発機関、本田技術研究所に入社し、主にエンジン開発に携わる。12年より現職。

毎日新聞 東京朝刊(2013-07-10)