“一匹狼”のホンダが、GMと組んだ事情

 2000年代前半。世界の自動車市場では、「400万台クラブ」というキーワードがはやったことがあった。年間400万台以上の生産・販売ができる規模がないと、厳しいグローバル競争には勝ち残れない、という考え方だ。当時は日産自動車とルノー、三菱自動車とダイムラークライスラー、マツダとフォードといったように、世界大手との資本提携を構築する日本の自動車メーカーの動きがあった。

 結局、三菱自やマツダはその後、それぞれの資本関係を解消。400万台クラブはいつしか忘れ去られてしまったが、当時から一貫して合従連衡に距離を置き、“一匹狼”を貫いてきたのがホンダだった。自動車分野ではこれまで、同業他社との提携関係をあまり築いてこなかった。

 それだけに、ホンダが米GM(ゼネラルモーターズ)との本格的な提携に踏み込んだことは、ホンダ社外の関係者には意外感を持って受け止められた。

 ホンダとGMは7月2日、燃料電池車(FCEV)の基幹部品を共同開発すると発表した。モーターやバッテリー、車体などその他の部品はそれぞれが独自に開発し、車両に適用。2020年ごろの実用化を目指す。

 トヨタ・BMW、日産・ダイムラー・フォードに続く連合

 FCEVの開発を巡っては、大手自動車メーカー同士の合従連衡が加速している。昨年、トヨタ自動車と独BMWが共同開発で提携、今年1月には、日産自動車と独ダイムラー、米フォードの3社が共同開発に乗り出すと発表するなどグループ化が進展。独自に開発に力を入れていたGM、ホンダ、韓国・現代自動車、さらに大手ながらFCEVには懐疑的な独フォルクスワーゲンがどう動くか関心を集めていた。

 ホンダは、「あらゆる提携の可能性は常にある」(ホンダ・伊東孝紳社長)と他社との連携を否定していなかったものの、ある開発幹部は「FCEV開発ではホンダは最先端を行っており、他社と提携する必要性はない」と言及。過去の経緯もあり、相対的に独立志向が強いと見なされていた。

 改めてFCEVとは、酸素と水素の化学反応で電気を取り出す燃料電池(FC)で動かすモーター動力源とした電気自動車(EV)。排出するのは「水」だけで“究極のエコカー”“究極の環境自動車”などとも呼ばれる。FCEVは自動車としてはすでに基本的な技術は確立されている。

 だが、普及に向けては大きな課題がある。まずはコストの問題だ。現在、各社がリース販売や実験で用いている車両は、いずれも1台当たり億円単位のコストがかかっているとされ、大幅なコストダウンができなければ、普及はとうてい望めない。

 莫大な投資負担を軽減、技術も補完

 今回、ホンダがGMとの共同開発に踏み切った狙いは、FCEVの開発費負担を軽減するとともに、試作車段階も含めた部材調達でのスケールメリット、不得意な技術の補完などにあるようだ。ホンダは1990年代にGM車向けにV6エンジンを供給したり、カーテレマティクスの分野で協業したりと、両社の技術部門を中心としたもともとの交流関係も背景にあった。

 両社が共同開発を手掛けるのは、酸素と水素を反応させるFCスタックと、水素を搭載する高圧水素タンクの2つの分野。いずれもFCEVに特有の部品で、それゆえ性能とコストを左右する重要部品だ。FCEVの技術では、化学分野でGMが、装置の小型化などのメカ技術ではホンダが強みを持つ。共同開発に当たっては、両社がそれぞれ保有するFCEVに関する知的所有権を互いに開示し、活用する。

 ホンダはすでに独自開発の次世代FCEVを2015年に市販化することを発表している。共同開発技術を用いたFCEVは、2020年に「手ごろな価格」(ホンダ・岩村哲夫副社長)で、次々世代のFCEVとして投入する。

 本格実用化に向け、にわかに動きが激しくなった感のあるFCEVだが、ここに至るまでなかなか長い道のりがある。FCEVは、1990年代に独ダイムラーが本格的な開発に着手したことをきっかけに、主要各メーカーも開発に着手、日本でもトヨタ、ホンダが意欲的に開発を行ってきた。2000年代初頭には実験車両の投入が相次ぎ、2010年代に立ち上がる次世代環境自動車として期待が集まった。

 ただ、その後はFCEVの性能向上やコストダウンが進まず、また水素供給インフラの未整備もあり、普及への道のりが不透明になっていた。リチウムイオン電池の高性能化・低価格化が進んだ2000年代後半になるとバッテリーのみの電力で動くEVへの注目度ががぜん高まり、FCEVは日陰の存在になっていった。

 日産「リーフ」の不振が示したEVの限界

 一方、本格EVで先陣を切った日産のリーフが、実用上100キロメートルにも達しない航続距離の短さや、急速充電でも30分はかかる充電時間の長さから、販売が伸び悩み、EVの限界がクローズアップされてくると、この2つの問題がないFCEVに再び注目が集まるようになってきた。

 FCEVに多額の開発投資をしてきた各社からしてみれば、注目度が回復したこのチャンスに、今度こそ、本格普及に向けた足取りを確かなものにしておきたいところ。そうした中で、これまで以上に開発・コストダウンを加速させるには、リソースを集約し、調達メリットを出せる提携に踏み切るのは自然な流れといえそうだ。 また、FCEVの普及に向けてコストダウン以上にアキレス腱となるのが、水素供給インフラの整備だ。ガソリンスタンドの整備が、1件当たり数千万〜1億円なのに対し、水素スタンドの設置には1件当たり数億円はかかる。水素スタンドの整備を進めるには、当初は大きな政策的な支援が不可欠だ。またグローバルで普及させるには、車両だけでなくインフラ面でも規格や安全基準の国際調和も求められる。こうした政策に働き掛けるためには、1社単独で臨むよりも有力企業同士が足並みを揃えたほうが効果的だろう。

 これだけスケールが大きく、費用も時間も膨大にかかる話だけに、これまで“一匹狼”を貫いてきたホンダも、さすがに単独での展開を続けることにリスクを感じたというところだろうか。

 GM−ホンダ連合を含め、各陣営、現代自動車とも、FCEVの一般市販化と量産化のターゲットを2015〜2020年と定めている。“究極の環境自動車”になるのか、はたまた夢で終わるのか。FCEVの本格普及を目指して、各社のアクセルも全開になりつつある。
<<丸山 尚文 :東洋経済 記者>>

toyokeizai.net(2013-07-04)