大前研一:「面積等分論」を前向きに検討し、
日ロ経済協力を深めよ

 日ロ首脳会談により、日ロ交渉のムードが好転する可能性が出てきた。冷戦時代のはじめ頃にアメリカの差し金で始まった四島一括返還にあまりこだわらず、プーチン大統領の言う面積等分論を日本は前向きに検討すべきではないだろうか。

1956年の重光・ダレス会談をきっかけに四島返還論

 ロシアを公式訪問した安倍晋三首相は4月29日、プーチン大統領とおよそ3時間20分会談した。その中でプーチン氏は、過去に中国やノルウェーとの国境を画定した際、係争地の面積を等分する方式を採用した経緯に言及した。

 私は以前から、プーチン氏が主張する「引き分け」の意図は、北方領土の面積等分だと分析してきた。この会談でプーチン氏が自ら面積等分に言及したことで、その分析が裏付けられたことになる。

 今回ようやく面積等分という現実的な話が出てきた。しかし、ここで妨げとなるのが日本の外務省だ。

 そもそも、日本の外務省が北方領土について四島一括返還ということを言い出したのは、1956年8月19日にロンドンで行われた重光・ダレス会談がきっかけだった。

 この会談でアメリカのダレス国務長官は、二島妥結による解決を試みようとした重光葵外相に対し、「日本はソ連に四島一括返還を求めるべきだ。二島返還で妥結するなら、沖縄を永久に領有する」と脅した。日ソ和平が進まないように、ソ連が受け入れる可能性の薄い四島一括返還という縛りをかけたのである。

北方領土をめぐる日ロ交渉の経緯

 それまで戦後10年間、日本は四島一括返還を主張したことはなかった。それが重光・ダレス会談により、「四島一括返還こそ日ソ平和条約のベースだ」と日本の外務省が言うようになった。沖縄を返還して欲しい日本は、アメリカの差し金により四島一括返還に傾いた。つまり、戦後日本が一貫して四島一括返還を主張してきたというのは、歴史的事実ではないのだ。

 外務省は自分たちの外交史をもっと勉強して、四島一括返還を言い出した1956年以前に立ち戻ってみるべきではないか。

 これまでの領土問題交渉については、「北方領土を巡る主な日ロ交渉の経緯」をご覧いただきたい。

 鳩山一郎首相が1956年に実現した日ソ共同宣言では、平和条約締結後の歯舞群島、色丹島の日本への引き渡しが明記された。しかし、その後は日本側が四島一括返還にこだわったこともあり、領土交渉は進展しなかった。

 1998年には橋本龍太郎首相が、引き渡し合意までロシアの施政権を容認し、返還は別途協議するという川奈提案を行い、その後の日ロ交渉にも大きな影響を与えた。2001年には森喜朗首相がイルクーツク宣言という非常に重要な宣言を実現している。

国後島と色丹・歯舞に挟まれた豊かな漁場

 こうした過去の交渉を踏まえたうえで、プーチン氏は中国とノルウェーで自らが考案した面積等分という奇策を口にしているのだろう。面積等分が具体的にどういうことになるかは、下の「北方領土周辺図」を見てほしい。

 北方領土の四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)について面積を合算して等分すると、だいたい択捉島の3分の1、国後島、色丹島、歯舞群島と、択捉島の残り3分の2に分かれる。日ロの国境線は択捉島の中に引かれることになるわけだ。

 私個人の意見としては、択捉島内に国境線を引くことには反対だ。国後島、色丹島、歯舞群島を日本に返還してもらい、国後島と択捉島の間に国境線を引くのが無難だと思う。陸上の国境線よりも、海上の国境線の方がお互いに管理がしやすいからである。

 具体的な権益という点でも、日本にとって重要なのは国後島と色丹・歯舞に挟まれた豊かな漁場だ。このことに関しては北海道新聞社のベテラン記者、本田良一氏の『密漁の海で』(凱風社)に詳しい。要は、そこが手に入れば漁業関係者にとっても大きな目標が達せられる、と考えてよい。

日ロによる共同管理という考え方

 どうしても忠実な面積等分にこだわるのなら、択捉島の3分の1をもらう代りに択捉島全体を日ロによる共同管理・共同開発を提案するのがいいだろう。そのうえで、社会基盤などの投資については日ロで半分ずつ負担といったように、柔軟に対応していくべきだ。

 択捉島については、ビザなしで日本人が渡航できるようにするのもいい。択捉島には「択捉富士」と呼ばれる阿登佐岳(あとさぬぶり)があり、良質なスキー場となりうる。

 アメリカ領や国連の信託統治領を経てきたミクロネシアのサイパンやグアムでは日本資本が観光開発をほとんど主導してきた。択捉島の開発を日本資本が主導する未来図も十分に考えられる。

 また、択捉島を中心に、北方領土に住んでいるロシア人のことも考えなくてはならない。北方領土で生活する数万人のロシア人について配慮してほしいと、プーチン氏も述べている。

 北方領土のロシア人の処遇、水産関係のロシア人利権の保護といった問題について日本側が寛大な了見を示さないと、地元のロシア人やサハリン州政府は納得しないだろう。

日ロ関係が良いムードになる可能性も

 今後の日ロ関係を考えると、今回の日ロ首脳会談はなかなか良い線まで行ったと私は見ている。ここで、会談で発表された「日露パートナーシップの発展に関する共同声明」をご覧いただきたい。

 領土問題については、「双方受け入れ可能な平和条約問題の解決への交渉加速化」が謳われている。一方、経済協力については、「日ロ投資プラットフォーム」の設立、運輸インフラ、都市環境、医療関係等での互恵的協力の拡大が盛り込まれた。

 さらに、エネルギー供給でも協力が進みそうだ。競争力ある価格でのエネルギー供給を含む、互恵的な条件での石油・ガス分野のエネルギー協力の拡大が目指されることになった。また、柔道六段のプーチン氏らしいところでは、2014年を「日露武道交流年」とすることが決定されている。

 日ロ首脳会談の様子と共同声明の内容を見る限り、今後、日ロ関係は良いムードになる可能性が出てきた。メドベージェフ政権のままなら、ロシアは絶対に一歩も譲らなかっただろうが、プーチン政権になって面積等分が出てきたことは日本にとって大きなチャンスだ。

日本側のメリットは計り知れない

 北方領土問題を前進させ、なるべく早く平和条約を締結すべきである。こちら側のメリットは、今回でてきた分と、まだでてないが可能性のあるものを合わせると計り知れない。

 1.平和条約の締結で正式に終戦を迎え、交流が盛んになる
 2.日本企業は極東ロシアの開発に力を振るうことができる
 3.ガスおよびオイルを有利な条件で購入できる
 4.ガスおよびオイルをパイプラインで直接輸入できる
 5.サハリンやウラジオストクで発電し、高圧直流送電してもらう
 6.使用済み核燃料の貯蔵場所をシベリアのツンドラ地帯に借りる
 7.日本からの中古車の高関税を撤廃させる
 8.北洋漁業に日本の優秀な船を貸し、魚市場に持ち込ませる

 それぞれの項目について解説をしたいが、ここでは割愛する。

 日本の外務省が依然として(古い)アメリカの策動から目が覚めず四島一括返還にこだわって日ロ交渉をダメにしてしまうようなら、“国家的犯罪”に等しいとさえ言えるのではないだろうか。

nikkei BPnet(2013-05-14)