大人気ホンダの軽、"2色塗り"の仕掛け人
ディズニーのアルバイトから、ヒットメーカーへ

 ツートンカラーのカラフルな軽自動車が売れている。

 ホンダが昨年11月に発売したN−ONE(エヌワン)は、発売以来、毎月約1万台前後の販売台数を記録し続けている。車内空間が非常に広いタイプではなく、燃費も25キロメートル/リットル程度。価格も軽としては比較的高額。最近の軽自動車の売れ筋ポイントを押さえているわけではない。

 にもかかわらず、N−ONEが好調なのは、デザイン性や走行性能を重視した商品の特性が受けているからだ。軽自動車ならではの経済性は重視しつつも、単なる道具ではないクルマとしての楽しさを求める層を掘り起こした。

 N−ONEを大きく特徴づけているのが、11色プラス4パターンのツートンカラーという豊富なカラーバリエーション。その中でも、屋根の色を塗り分けたツートンカラーが大人気だ。

 ツートンカラーは販売全体の約2割を占め、現在、ツートンカラーの納車は数カ月待ちの場合もあるほど。ツートンカラーをほとんど見掛けることがない日本の自動車市場を考えれば、この人気ぶりは画期的な出来事と言っていい。

 このツートンカラーを実現したのが、ホンダの開発子会社・本田技術研究所四輪R&Dセンターデザイン室3スタジオの齋藤康子だ。齋藤は自動車内外装のカラーデザインを担当し、このN−ONEのほか、NBOX(エヌボックス)、NBOX+(エヌボックスプラス)のカラーも手掛けた。

 NBOX、NBOX+、そしてN−ONEの3車種は、ホンダが2011年から展開を始めた軽自動車の新シリーズ「Nシリーズ」を構成する一連の車種。普通自動車(登録車)を主力とするホンダにとって、これまでは軽自動車は一種の“調整弁”であった。

 が、リーマンショック以降、国内市場では軽自動車やハイブリッド車(HV)への需要シフトがとりわけ顕著になってきた。そうした市場構造の変化に対応するため、ホンダも再び軽自動車に本腰を入れることを決断、その先陣として投入したのがNシリーズなのだ。

「できない理由」を探りに、製造現場へ

 ツートンカラーの発端は、デザイン室で行われたデザインコンペだ。ホンダのデザイン部門では、アイデア出しの場として定期的にコンペを実施。あえて量産までは想定せず、自由な発想でデザインを考える機会と位置づけている。

 齋藤は「屋根に荷物を積んで、自由に旅行に出掛けたくなるようなデザインの軽自動車があったらいいなと考えた」と、ツートンカラーを考案したきっかけを語る。

 ツートンカラーそのものは昔からあるオーソドックスなデザイン手法。2色に塗り分けることでノスタルジックな雰囲気やワクワク感を表現できる。

 もっともNBOXは、ファミリーを中心とした幅広い顧客層を狙った「主流」の自動車として企画されていたため、当初はツートンカラーは想定しなかった。齋藤は、NBOXより荷室が広く採られ、趣味性も強いNBOX+と、こだわり感を持つクルマとして開発されるN−ONEには、ツートンカラーがよく似合うと考えた。

 「色というのは気持ちの部分。一目ぼれしてもらえるような色をつくらないといけない。その色で喜ぶ人がいる、と思いながら色を考えている」と齋藤。ショッピングセンターで何気なく人が手に取る商品や、街や自然の風景、情景の中に色のヒントを見つけるという。

 コンペをきっかけに、齋藤が発想したツートンカラーは、周囲のデザイン開発担当者の間では好評だった。だが、コンペでならともかく、量産車に適応し、実現させるとなると話は別だ。

 特に問題になるのが製造現場だ。工場には、そもそもツートンカラーを生産する工程はないため、さまざまな負荷がかかる。

 ツートンカラーの提案に対して、生産を担当する鈴鹿製作所(三重県)は当初、難色を示した。工場側にしてみれば、採算を含め生産に責任を負っているだけに、簡単に首を縦に振れないのは当然だ。

 どうしたら工場を説得できるか――。齋藤が取り組んだのは、工場の言い分をとにかく聞くことだ。Nシリーズの車両開発を統括する浅木泰昭ラージプロジェクトリーダー(LPL、本田技術研究所四輪R&Dセンター主任研究員)ら開発のほかのメンバーの協力も得て、工場にツートンを実現できない理由を教えてもらった。

 工場側が上げてきた課題は大きく2つ。ひとつは、工場にツートンカラーを塗装する工程を組み込むことが困難なこと。もうひとつはツートンカラー用の塗料の開発だ。

 工場はそもそも単色用に作られているため、もう1色塗るには新たに工程を足さねばならない。だが、それをどこに組み込むかが難しい。

 齋藤ら開発メンバーは、実際に鈴鹿製作所に何度も出向き、工場現場の担当者と議論を重ねた。ヘルメットをかぶって生産ラインも見学した。そのうえで、ライン塗装や手作業による塗装、また新たな工程を置く場所など、さまざまな可能性を工場に提案したという。開発者、とりわけカラーデザインのような1担当者が、実際の量産工程にかかわることは通常なく、異例の取り組みだ。

デザイナー自ら、塗装のテストを繰り返す

 最終的には、ベースとなる色の塗装を終えた後、いったんラインから車体を降ろし、マスキングをしたうえで、手塗りをすることになった。自動工程を作れば塗装のスピードは上がるが、もし売れなかったら設備投資がムダになる。工場としては、さすがにそこまでリスクは取れない。

 塗料開発では、「塗料は自分の直接の領分なので、自ら提案やテストを繰り返した」(齋藤)。通常の塗料開発であれば、カラーデザイナーが色を提案すればそれに沿った形で、塗料が開発され、量産に回る。

 だが、ツートンカラーの場合は、ベースカラーの上に2色目を塗るため、色や塗料の組み合わせによっては、ベースの色が透けてしまい、想定どおりの色にならない。齋藤にはちゃんと塗装できることを証明する必要があった。

 齋藤は、塗料・色の組み合わせや、塗装の厚さなど、自らテストを何度も繰り返し、ツートンカラー実現に向け、検証を行った。「A4サイズの車体と同じ鋼板に色を塗って、実際の組み合わせを作り、これなら大丈夫と、工場を説得した」と齋藤は語る。

 結局、工場を説得するまでには1年以上の時間がかかり、量産工程の完成まで含めると約2年もの取り組みになった。

 齋藤は、「実際の生産が始まり、量産車が人手で塗られているのを見たときには衝撃的だった。感無量であったのと同時に、工場にここまでやらせてしまったのか、と改めて思った」と振り返る。

 生産面だけでなく、車体のデザインでも、ツートンカラーの塗り分けがしやすく、色も映えるような形状の工夫も行われた。

 NBOX+で初めて設定されたツートンカラーは、齋藤たちが想定した以上に引き合いが強く、続くNーONEは、冒頭で述べたように大ヒット。手塗りでは生産量にも限界があるため、当初は見送った自動化工程導入の検討にも入っている。

挫折、そしてディズニーのバイトでの気付き

 普段、一緒に仕事をする開発メンバーだけでなく、実務的にも、物理的にも遠く離れた工場をも巻き込んで、初めて実現したツートンカラーのプロジェクト。

 齋藤は「(自動車のカラーデザインの仕事は)ひとつのクルマを作るために、年齢も専門も違うさまざまなひとたちとかかわる。仕事をするうえで大切なのは、コミュニケーションに尽きる」と言う。

 巨大な分業システムの代表とも言える自動車産業だが、そうした分業の境界を乗り越えたコミュニケーションに努めたことが、ツートンカラーの実現に役立ったと言えるだろう。

 高校時代、油絵への道を志した齋藤は、美術大学の油画科への進学を目指したものの、結局、3年間の浪人の末、挫折。「当時は、将来は油絵しかないと思っていたので、何をしてよいのかわからない状態になった」(齋藤)。

 その後、開業を控えた東京ディズニーシーで、タイルや壁のペインティングなど、さまざまなアルバイトを経験したのち、テキスタイルの専門学校を経て、2005年にホンダに入社する。

 大きな経験になったのが、東京ディズニーシーでのアルバイトだった。アルバイトには、開業直前の塗装作業を一気に仕上げるために集められた、多様な経歴の人たちがいた。

 イラストで生計を立てる家族持ちの中年男性、フリーター、クリエーター、米国からやってきたスタッフ……。その中には、美大を目指して通っていた予備校に講師としてきていた、あこがれの美大の卒業生もいた。

 「目指していたキャリアの人と同じ仕事をしていることで自信を持てた。また、さまざまな立場の人たちと出会って、それまでは絵を描くことしか頭になかったが、いろいろな世界があることに気づけた」と齋藤は言う。

 Nシリーズはまだ続くが、齋藤自身は、N−ONEを最後にNシリーズのカラーデザイン担当からは外れ、現在は新しい車種の担当として、開発に取り組んでいるところだ。

 齋藤は次のクルマに「何か新しい要素を必ずひとつは入れたい」と言う。「関係者には、ほかと同じことをしたいんですか? せっかくなら新しいことをしましょう、と言い回ってます」と笑う。

 はたして次のクルマにはどんな色が登場するのか。齋藤はどこまで巻き込んでいくのか。今から楽しみだ。(=敬称略=)
 (撮影:風間仁一郎)

msn.com(2013-05-14)