「系列」に衝撃 ホンダ、成長への賭け

 本当にそこまで変わるつもりか――。ホンダの変貌ぶりに部品メーカーの間で衝撃が広がっている。「いいものを作れば売れる」という創業以来の強い技術志向と自前主義を見直し、コスト重視のクルマづくりへ方針転換するという。「ホンダらしさ」はどこへ行くのか。成長軌道を取り戻せるか。

■部品共通化率が一気に5割へ

 2012年11月26日。自動車部品産業の集積地、米国デトロイト。その郊外にある「シェラトン・デトロイトノヴァイホテル」に、自動車部品の世界大手(メガサプライヤー)25社の首脳ら約60人が続々と姿を現した。

 独ボッシュ、コンチネンタル、米ジョンソンコントロールズ、カナダのマグナ・インターナショナル、仏フォルシア――。ホンダがメガサプライヤーだけを対象に開いた調達方針説明会「グローバルサプライヤーミーティング」に参加するためだ。ホンダとして初の試みだった。

 「飛躍的に成長するためにホンダはあらゆる分野でクルマづくりを変革します。世界標準となった皆さんの技術、グローバルの生産体制とネットワークをお借りし、これからウィン−ウィンの関係を築きたい」。最初に登壇した社長の伊東孝紳のスピーチを皮切りに、複数の担当役員が入れ替わり立ち替わり、今後の具体的な調達方針について説明した。

 その内容は参加したメガサプライヤーの予想を超えるものだった。

 「本当にホンダはここまで変わるのですか」――。

 閉会後、あるメガサプライヤーの幹部が伊東に近寄り、半信半疑で尋ねたのは無理もなかった。ホンダが明らかにしたのは、従来のクルマづくりの対極とも言える内容だったからだ。

 新たな部品調達・生産計画はこうだ。世界販売台数で上位3車種のシビック、多目的スポーツ車(SUV)「CR―V」、セダン「アコード」をそれぞれ15年、16年、17年に新モデルに刷新する。3車種について、排気量が異なるエンジンも搭載できるよう基本設計を変更して車台(プラットホーム)を統合。約3万点とされる部品を金額ベースで4〜5割共通化する。共通化比率は現行の数%〜約20%から一気に跳ね上がる。

■系列部品メーカーは1社も招かれず

 3車種の次期モデルの販売台数見込みはそれぞれ年間70万〜80万台。共通化によって、1つの部品あたりの発注量は最大で従来の4倍、240万台分まで増える。

 さらにメガサプライヤーが驚いたのは、設計・開発業務の一部をホンダ本体からメガサプライヤーへ委ねようとしていることだ。

 車体やターボチャージャー(過給器)など19品目については、部品メーカーと共同開発チームを設けて、設計段階から一体となって取り組む。車台やステアリング(操舵=そうだ=)装置、空調システムなど8品目は仕様だけを提示して部品メーカーに設計、開発してもらい、モジュール(複合部品)として組み上がった状態で仕入れる。どの材料を使い、部品を幾つ使うかはメガサプライヤー任せ。一連の取り組みで部品の調達コストを一気に3割減らす。すでに基本設計に着手しており、今春にはまずシビックのすべての部品の発注先を決める予定だ。

 これだけの業務の質と量に対応できるのは、世界中に供給拠点を持つメガサプライヤーに限られる。このミーティングには、ホンダ系列の部品メーカーは1社も招かれなかった。

■車体裏の部品すら独自設計

 ホンダが新たに採用するのは「モジュール生産方式」と呼ばれる手法だ。独フォルクスワーゲン(VW)が先行したのを皮切りに最近の自動車業界の潮流になっている。各部品を車種ごとに一から開発するのではなく、あらかじめ1つの固まり(モジュール)として設計しておき、複数の車種で転用する仕組み。開発・生産コストの抑制に大きな効果を発揮し、VW躍進の原動力になったといわれる。日産自動車など日本メーカーの間でも追随する動きが出ている。

 だが、ホンダはこの生産方式から、最も遠い距離にいるメーカーだと自動車業界の誰もが思っていた。

 「ホンダは車体裏のカバーの小さな部品ですら独自に設計したがった。低価格の車ぐらい標準品を使ってはどうか、と提案したが、開発部門がOKしなかった」――。

 ある部品メーカーの幹部はこう話す。ホンダでは部品を共通化したり、設計開発を外部に任せたりするのは長い間、「ご法度」とされてきた。聖域扱いだった本田技術研究所が強い発言力を持ち、技術者は時にコストを度外視して部品を作り込んだ。その過度なまでの自前技術へのこだわりが、ホンダ車の競争力の源泉であり、社員も信じて疑わなかった。

■「数がパワー」と変心

 その方針が一変する。部品によっては設計開発までもメガサプライヤーに任せるという点では、VWなどの手法よりも踏み込んだといえる。当然、開発現場の反発も予想されるが、シビックなど主力車種を統括する執行役員の横田千年は「どの部品を共通化するか、現場に判断を任せると結局、作り込んでしまう。トップダウンで決める」と強い姿勢で臨む決意だ。

 ここまでホンダが変心した理由はどこにあるのか。

 「以前は良いクルマを作ればどんどん売れたが、競争が激しくなった今はそんなに生易しい時代ではない。強い商品を生み出すには収益力が高くなければならず、そのためには数がパワーになる」と伊東は言い切る。

 世界の自動車市場は08年の金融危機を境に一変した。伸び悩む先進国市場を新興国市場が逆転。これまで先進国仕様の車を受け入れていた新興国のユーザーの中で「自分たちに合った車が欲しいという自我が芽生えた」(伊東)。いかに新興国のニーズに合った車を、安く投入できるかが、自動車メーカーの成長を左右する時代に突入。規模を追求して収益力をあげ、安いクルマを新興国に投入できなければ、ホンダでも危うい。

 実際、競合大手の背中は遠ざかるばかり。トヨタ自動車とVW、米ゼネラル・モーターズ(GM)が世界販売台数1000万台を目指してしのぎを削り、900万台に迫る日産自動車・ルノー連合、700万台の現代自動車が追う。

 中でも新興国展開で先を行くVWと現代自の躍進は目覚ましく、07年から12年にかけて販売台数をそれぞれ5割、8割増やした。同じ時期、「良い車を作ればおのずと売れる」と規模の追求と一線を画してきたホンダの伸び率はわずか1%。400万台近辺で停滞していた。

 「グローバル化を進めてきたつもりだったが、結局、北米市場を向いていただけだった」と伊東は手厳しい。作り込みの弊害で、安く作ったつもりの現地専用車は価格競争力を欠き、新興国市場を開拓できなかったのだ。

 ホンダの輝きが新興国では通用しない――。

 昨年9月。伊東は会見で16年度の世界販売台数を今年度見通しに比べて5割増の600万台に引き上げると発表、ホンダとして初めて対外的に販売目標を宣言した。関係者によると、社内では20年度に800万台に増やす目標が設けられたようだ。

 インドにはタイに続き、アジア専用車「ブリオ」を投入したが、販売は伸び悩む(インド工場)  規模を追い始めたホンダ。だが、挑戦にはリスクもともなう。強烈な技術志向と自前主義で築いてきた「ホンダらしさ」は保てるのか。

 「共通化するのは外から見えない部分が中心。それ以外のところに経営資源を割くことでむしろ、車種ごとに作り込みやすくなる」。あるホンダ幹部はこう説明する。シビックなど3車種は北米が主力市場だが、中国をはじめ各地でも販売する。

 内装や外観などは地域に合わせて少しずつ変え、異なるニーズに応えられるようにするという。こうしたメリハリをつけたクルマづくりへ、技術者の意識を変えていく考えのようだ。

■系列メーカーに再編の動きも

 ホンダを支えてきた系列部品メーカーには不安と動揺が広がっている。

 グローバルサプライヤーミーティングの1カ月前、ホンダは東京・港の本社に系列部品メーカー約20社のトップを集め、米国でメガサプライヤー向け説明会を開くことを事前に知らせた。購買本部長の松井直人は新たな調達方針については触れず「これからはメガサプライヤーと競争して、(仕事を)勝ち取って下さい」と奮起を促した。

 系列メーカーには今でも明らかにしていないが、ホンダはメガサプライヤーへの発注比率を11年の16%から20年に40%に引き上げる計画をグローバルサプライヤーミーティングで表明した。こうした情報が漏れ伝わると、ホンダに売上高の8割程度を依存する系列メーカー各社の間には衝撃が広がった。

 燃料供給システムなどを納入するケーヒン社長の田内常夫は「納入シェアが下がりかねないと危機感を強く持っている。標準品以外で強みを出していくしかない」と話す。別のホンダ系部品メーカーのトップは「下手をしたら、ホンダのサプライヤーから、メガサプライヤーの下請けになり下がってしまう。ライバルから仕事をもらうことになるのか…」と不安な様子だ。

 各社とも手をこまぬいているわけではない。ショーワは米TRWオートモーティブと電動パワステで戦略的業務提携の検討を開始。骨格部品を手がけるエフテック社長の木村嗣夫は「自社工場を持たない地域は、地場メーカーと組んで生産補完することを考えたい」として、グローバル規模で提携の道を探る。ホンダ系部品メーカーの間で生き残りを目指した再編の動きも出てくるだろう。

■「化学反応」起こせるか…

 ホンダは着々と動き始めている。

 1月14日、デトロイトでの北米国際自動車ショーで伊東は新型車「アーバンSUVコンセプト」を世界で初めて披露した。SUVらしい力強い外見からは意外に思えるが、この車は小型車「フィット」の次期モデルと同じ車台を使っている。

 車種を超えて部品を共通化する取り組みは徐々に成果を上げつつある。軽ワゴン車「N BOX」の車台を活用した「N―ONE」を昨年11月に発売。開発・生産効率を高めて赤字続きだった軽自動車事業を黒字にした。そして、今秋から世界各地で発売する次期フィットではハッチバック、セダン「シティ」に加えて新たにSUVを展開。次にシビックなど主力3車種での設計・調達改革に取り組む。

 1999年、日産自動車の部品調達先の削減方針は「ゴーン・ショック」として波紋を広げた。だが、日産系列の部品メーカーは経営体質を鍛え上げ、日産の後を追うように復活した。系列別の部品メーカーの利益率の平均を見ると、今や最も高いのが日産系だ。ホンダも同じような化学反応を起こせるはず。先進国中心で販売台数が伸び悩むなか、クルマづくりがどこか保守的になっていたホンダ。新興国で初めてクルマを購入する顧客にどのような「ホンダらしさ」を示し、ファンを獲得できるかが問われる。
=敬称略
(遠藤淳)

nikkei.com(2013-02-04)