中国は心配ない、ハイブリッドも追い上げる
ホンダ伊東孝紳社長に聞く

2016年度に四輪車の年間販売を600万台(11年313万台)にする中期計画を掲げたホンダ。グローバル体制を強化し、とりわけ新興国では倍増となる300万台の販売をもくろむ。その新興国市場でも中心を占めるのが世界最大の自動車市場となった中国市場だ。
だが、その矢先に見舞われた反日不買運動。10月には2ケタ成長計画の中国販売が一転して前期比横ばいの下方修正に追い込まれるなど、中計は波乱の幕開けとなった。
グローバルでの事業展開をいかに成功させるのか、伊東孝紳社長に聞いた。

――今般の中国の状況に、どう対応しますか。

 中国についてはそれほど悩んでいません。中国は巨大な一つの市場ですから。中国の中でホンダの生産と販売がバランスすればいいのです。中国での事業を、他の地域のホンダに大きな連鎖させなければ、中国一国に問題は完結します。

 中国は一国で事業が完結するほどの巨大な市場ですから、中国の今回のようなケースはそんなに悩んでいない。「中国の」ホンダに徹するだけです。

 方法はただひとつで、事業展開に必要十分な生産能力を確保でき、開発力も、調達網も持ち、その地域で自立して事業を展開できること。そのためには30万台か願わくば50万台、理想的には100万台の生産規模があればいい。中国というのは一国で十分それが可能な市場です。

――しかし、中国では、いったん何かあれば日本車が攻撃対象になってしまします。

 それは、日本車メーカーの裏には「日本」がありますから。でも、それがあったとしても、中国のホンダは中国にとって欠くべからざる存在だと、どれだけ中国に溶け込めるかということ。

最後は民衆に支持されるかどうか

 政治的な側面は重要ですが、やはり最後は民衆に支持されるかどうかです。民衆の要求・満足度に、政治は敵わない。たとえ日系だとしても中国の民衆に支持されるといこうことに注力してゆくべきです。

――中国事業を拡大させるという中期計画に変更はありませんか。

 変更するつもりはないですよ。中国の民衆にもっと支持されるためには、潜在的なものも含めてどれだけ現地のニーズに即して商品を提供できるかが重要です。つまりメーカーがどういうクルマを売りたいかというわれわれの都合ではなくて、顧客の要求に応えられるかどうかです。

 そういう意味では、絶対に中国現地での開発が必須になるわけですね。そして現地の取引先を使い、現地で販売する。そして現地に利益を還元する。そのサイクルがあれば中国でも認められるはずです。

――中国以外でも世界各地域での自立した開発・生産・販売体制の構築というグローバル化を強調しています。ただホンダはこれまでもグローバル化が進めていたのではないでしょうか。

 まだ全然。グローバル化については北米は確かに進んでいた。どこよりも早く現地生産・現地販売をし、さらに現地開発も進めています。確かに北米はすごいと思うけど、他の地域は北米をコピーしているだけですね。商品も事業もコピー。

地域に合わせたやり方が必要

 これが、今、もっとも大きく飛躍する新興国地域での飛躍をけっこう阻害しているのではないかと思っています。各地域にはその地域に合わせたやり方があるはずです。

 なぜなら、その地域に人が暮らしていて、その人たちが欲しがる商品を売るのだから、基本的にはその地域に即した事業運営を考えなくちゃいけない。これを真のグローバル化と考えて、現在進めています。

 現地生産・現地販売はかなり前から進めていますが、本当に現地の顧客に好まれるものを作るには、開発も調達も現地化しなくてはだめ。中国には中国の現地化があるでしょうし、アジアにはアジアの現地化があるでしょう。そのためにキーになる開発の人材を育てようと、今、一生懸命やっているところです。

 先日もブラジルに行ったのですがその最大の目的は現地で車の開発が自分でできるような開発体制を作るようにすること。これまでも開発体制はありましたが、そんなレベルでは全然足りない。それで大幅な開発のテコ入れをすると発表しました。

――東南アジアの中核拠点であるタイは。

 タイは北米以外では一番初めにテコ入れ宣言をした拠点ですから、現地の開発体制は充実してきました。新興国向けの戦略小型車「ブリオ」は日本と現地で共同開発した車種ですが、そのブリオをベースにした派生車種の開発を現地でしています。

 現地でデザインして、現地で設計図面を引いて、近々立ち上がりますがこれには日本は関与していない。タイでの開発自体は20年以上の実績がありますが、その内容は、現地部品の採用や、新興国ならではの悪路対応や耐久性を高める、といった、北米で開発したモデルを調整することです。

 私が今やっているのは、そうではなくて、現地の人が好む商品を考えられる、そういうレベルの開発体制を持たせるということです。

日本でアジア専用車を開発する必要はない

 タイはアジア地域の中核拠点ですから、タイ国内にとどまらすアジアの新興国に受け入れられる車を開発する役割がある。例えば三列仕様車やセダンタイプなどの派生展開。これはもう、そうしたニーズがない日本で開発する必要はなくて、タイ、アジアでやっています。

 これまではアジアではこんな車種が受けそうだからと聞いて、日本で開発して、現地に持っていくというやり方でしたね。

――グローバル化について、伊東さんの考えどおりに社員は動いていますか。

 グローバル化に反対する人はいないんじゃないかな。だって反対できるわけがない。残念ですが日本が将来にわたって中心になるという論理を振りかざす状況ではない。

 もうグローバルに連携して動いていくという状況ですから、とくに民間企業はそうでなくてはやっていけない。すでに二輪事業は99%以上が海外での事業で、日本が中心なんて何を言っているんだって。四輪もそういう状況になっています。

 確かにわれわれは日本オリジンの会社だし、日本が好きだから、世界で日本の存在感を示し続けたい。日本中心の会社でありたいから、ではこんな状況の中でどうしたら日本がリーダーシップを発揮できるのか。逆にそれを考えていかなくてはいけない。

――グローバル化がますます進む中で、日本はどこでリーダーシップを発揮できるのでしょうか。

 やっぱり技術の先進性は意地でも日本で発揮したいです。これは意地ですね。

 それから、日本人特有のお国柄、いろんな文化を受け入れてきた国民性はポテンシャルだと思います。日本は、自身の国民性を強調することなく、全世界の最適な道筋を提案できる特質を持っていると思います。

 自らのエゴを前面に出すことがない国民性は、グローバルのヘッドクオータとしての役割を果たすのに向いているのではないでしょうか。

 ですが、右と左を調整するだけでは世界から尊敬を受けられないでしょうから、根本的には車の開発技術に優れていることが重要です。資源がない日本は工夫することに長けています。日本は、制約がある中で最適解を出すのに優れた国民性だと思います。

ドイツや韓国の企業とは違うグローバル化

――日本企業としてのグローバル化は、ライバルのドイツや韓国の企業のそれとは違う形なのでしょうか?

 違うと思います。たとえばドイツは自分たちの優れたやり方を世界に拡大する方法だと思う。韓国はやはり厳しい環境での競争をしていますから拡大志向が強いと思います。

 そういった方法も優れていると思いますが、限界はある。われわれは自分たちのやり方を強調するのではなく、現地でのやり方と協調し、一緒になって最適解を見つけましょうと考えています。

 日本企業ならではの特徴を生かして、グローバル化で先行しているといわれる海外メーカーに対しても十分キャッチアップできると思います。

 北米には北米の、中国には中国のやり方がある。現地に定着できるように努力していきます。

――9月に発表した中期計画では新興国の拡大を軸に、全世界販売600万台を掲げました。これまでホンダは数値目標を掲げることはなかったと思います。考え方が変わったのでしょうか。

 そうですね。確かにホンダは目標台数必達のために何かする、というアプローチではなく、お客さまに喜んでもらえる商品を極めれば、結果として台数がついてくる、という考え方でした。

 それは今でも変わっていません。今回掲げた600万台も、それに達しなかったから失格、達したから合格、という意味の数字ではありません。

ホンダがやると言わなければ取引先はついてこない

 ですが、自動車産業というのは8割が取引先からの部品で成り立っているんですね。そうすると取引先との関係では、数が圧倒的なパワーになります。「ホンダはこれだけやります」と言わなければ取引先はついてきてくれない。

 日本中心で、為替も円高ではなかった今までは、モノづくり・商品生の優位性を示していれば、それなりの結果も出て、取引先も納得し、黙ってついてきてくれた。

 でもグローバル化し、円高も定着した今は違う。数を示さなくては取引先は納得しない。ホンダはこれだけやる覚悟なんだと、社内にも取引先にも示す必要があります。

――目標達成には新興国での生産能力が足りません。

 全然足りない。急ピッチで拡大しますよ。タイやインドネシア、インド、中国、ブラジル、メキシコなどで拡大していきます。ロシアについては、国土の広さや資源依存に依存した経済などちょっと慎重な見方をしていますが。具体的にはお話できませんが、どこでどれくらい生産するという見当はあります。

 人的なリソースや資金面など大変なことはたくさんありますが、人間、大変なことをやり遂げて初めて満足できるじゃないですか。600万台は社内にカツを入れるという意味もあります。

――北米を始め先進国市場は、中国がああいう状況の中、やはり重要な市場です。

 9月に投入した主力車種の新型アコードは好調です。米国人の日常の車としてあれ以上のものはないくらいのいいセダンですよ。シビックやCR−Vも好調。震災前のシェア回復は確実です。

 アコードはエンジンもトランスミッションもシャーシも全部刷新。燃費は日系競合メーカーの新型車に一歩及ばなかったけど、走りや曲がりの運転性能、居住空間は競合車など目じゃない。

 アコードの開発は私が社長に就任する前に少し進んでいたのですが、リーマン・ショック後に見直しました。それまで米国市場は大きな車を、日系競合メーカーを横目で見ながら開発をしていましたが、もはやそんな時代ではない。韓国メーカーもドイツメーカーもどんどんいい車を出している。自分たちの都合ではなく、米国市場に合ったベストな車を目指して開発をし直しました。

 ヒュンダイ(現代自動車)が米国で燃費を水増し表示していたことは困ったことですが、でも、ヒュンダイがクルマ作りにかけている情熱はすごい。今までは大したことないと思ってきたけど、「ソナタ」からガラッと変わった。それはすごいショックです。

 顧客に徹底的にアプローチして、最善のものを作ろうという意欲。燃費の問題はあるが、魅力的なデザインで、性能も高いということで、北米市場をどんどん攻めており、それは凄いことだと思う。

北米に必要なのはコンパクトカー

 これからも北米市場全体については、安定的に回復していくでしょう。ただ、現在の車種も堅調ですが、これから大きく台数を伸ばすために重要なのは、フィット系のコンパクトカーです。メキシコで生産して、北米とメキシコに供給する。これは先進国市場における販売台数増の原点ですから、絶対に成功させなければいけない。

 これまでフィット系は日本で生産して輸出で対応しており、それをメキシコで生産するというのはホンダにとって大きなジャンプになる。確実にやりきることが重要です。

――北米市場でコンパクトカーというのはイメージが湧きませんが。

 時代がそうなるだろうという読みです。いま北米でフィットが堅調かと言ったらそうではないですが、それは輸出車なので円高が厳しく、たくさん売るほど赤字になる、という面もあります。

 今計画している次世代のフィットはさらに進化していますから、新興国のエントリーカーがフィットのゾーンに移るという確信があります。これまではホンダのシビック、トヨタのカローラ、ヒュンダイのエラントラがエントリーという位置づけでしたが、時代は必ずもう一段クラスが下がると思っています。

 北米でも、上のクラスとは居住性は大差はない、燃費はもっとずっとすごい、プラスアルファで最新技術でも入っていて、お手ごろ価格なら、こっちでいい、ということになる。アメリカ人は結構、価格と実用性のバランスにシビアだからそうなると思う。

――ホンダは1モーターのハイブリッドエンジンを手掛けています。新しいハイブリッドエンジンでは、プリウス、アクア以上の燃費を実現できるのですか。

 フィット級の小さな車に積むハイブリッドエンジンとなると、モーターをいくつ使うといったことは支配的な要素ではない。それ相応の出力のモーターさえあれば、あとは切り替えのシステムが重要。駆動、エネルギー回生、切り替え、充電池の進化などなど工夫の余地はものすごいあります。

 現在、投入しているハイブリッドエンジンのモーターは出力が小さいですが、それは既存のガソリンエンジンとトランスミッションに挟むためにはモーターの大きさに限界があったから。

 それを、今回は、ワンモーターのハイブリッドエンジンを前提に、エンジン、とくにトランスミッションを専用に開発しています。専用に開発したから、モーターの自由度が上がり、駆動と回生も効率的にできるようになります。徹底して最高の小型ハイブリッドエンジンを作りました。

他社との連携は否定しないがアイデンティティーは守りたい

――ハイブリッドを含め環境対応などの技術も多様化しています。ホンダは自前主義のイメージがありますが、他社とは連携しないのでしょうか。

 連携でメリットが出れば全然拒みません。拒む必然性がない。ただ、商品やブランドとしてのアイデンティティーは守りたいという、強い意志があります。最終的なクルマというお客さんとのつながりの中で、ホンダらしさを大事にしたいというこだわりはありますが、クルマを作るプロセスまで全部自前でする必要はありません。

 自動車の製造は、構成部品の8割は部品メーカーなど取引先に依存している。もとから連携事業であり、その連携先がメーカー同士なのか、巨大な部品会社か、小さな部品会社なのか、連携がなければクルマなど作れない。

 たとえば今後キーになるバッテリーでも、わざわざジーエス・ユアサと組んで会社を作っている。もちはもち屋で互いのノウハウを合体して最適なものを作るのです。

――完成車メーカー同士はいかがですか。技術補完的に動いている会社もあります。

 ホンダもいつもやっていますよ。かつてはGMにエンジンを供給したり、また燃料電池についてもいろいろな会社と話し合いはどんどんやっています。それを外部に発表するかどうかの違いですね。

 一緒に作るとまでは行かなくても研究レベルの連携はある。今現在はどこと提携しているなどと発表しているものはありませんが、提携しない主義ではまったくありません。

 ただ、メーカー同士の合併やM&Aのような話はまったく次元が違います。
(撮影:今井?康一)

toyokeizai.net(2012-11-29)