イノベーション欠乏症が日本を滅ぼす
小林三郎・元ホンダ経営企画部長が講演

 今日は「新しいことをどうやるか」という話をする。新しい商品や技術を生み出せない国は必ず滅びる。

 米ゴールドマンサックスの予測によれば、2050年のGDPランキングでは1位中国、2位米国と続いて日本は8位だ。ブラジルにもインドネシアにも負けることになってしまう。日本は過去20年間、コストダウンと効率化に力を注ぐばかりで革新的なことをしてこなかった。企業のトップも、今やそういった人たちが占めている。

 戦後、ソニーやキヤノン、ホンダなどの日本を代表するベンチャーが大企業まで成長し、日本経済の発展を支えた。30年前、新しいものはかならずソニーから出てきた。すぐ壊れても「新しい」、つまり革新的だったから欲しかった。ところが今やどうだ。ソニーは全く革新的ではなくなった。ホンダを辞めた人間ですら、ホンダには欲しい車がない。買えば悪い車ではないのだが、まず欲しいと思わない。こんなことは創業以来初めてだ。仕方がないからアウディやポルシェ、ベンツに乗っているありさまだ。話にならん。

革新的な企業、3つの共通項

 イノベーションを起こす企業には3つの共通項がある。1番目は、ユニークなリーダーだ。キヤノン初代社長の御手洗毅氏やソニー創業者の井深大氏、ホンダ創業者の本田宗一郎氏――。2番目は、ロクでもない社員だ。大学の成績が悪かったり、そもそも大学を出ていない社員が多い。成績は瞬間的な論理判断力で決まるが、新しいことをやる時には邪魔になることもある。3番目は、年寄りがいないことだ。例えば私がホンダに入った時は、全社の平均年齢が24.6歳だった。

 イノベーションの実例を挙げる。ソニーのウォークマンだ。32年前ほど前、ソニーの若手社員がある提案をした。テープレコーダーから当時付いているのが当たり前だった録音機能を削り、その分いい音で聞けるようにしようというのだ。ソニーの全役員と技術エキスパートが大反対した。しかし当時会長だった盛田昭夫氏が「いい音だから売ってみろ」といった。すると大ヒットして、ウォークマンを聞きながらジョギングするといった新しい文化まで作ってしまった。このヒットが現在のソニーの基盤を作った。

 ホンダのエアバッグも同じだ。社長以外の全員が反対したものを、自分は16年やった。エアバッグが車の標準装備になる前は、年間1万1000人以上が交通事故で亡くなっていた。それが今は、5000人を切っている。では、反対したエキスパート達はバカだったのだろうか。違う。

年寄りはリスクをとれない

 エキスパートというのは、1を聞いて10を知る人だ。そのために一定の考え方ができてしまい、その外に出られなくなってしまう。

 仕事には2つのタイプがあって、95%はオペレーション。5%がイノベーションだ。企業の今日の収益は10〜15年前の経営陣の成果だ。現経営陣は、未来に向けて投資しないといけない。それがイノベーションだ。部長以上は3割、役員以上4割、常務専務は5割、社長は7割明日のことを考えなければならない。本田宗一郎氏は9割5分、明日のことを考えていた。「今起きていることは若い人にしか分からない」ともよく言っていた。年寄りは、過去の経験と知識のせいでバイアスがかかってしまう。分からない人が上に立つようになって、日本のイノベーションを止めているのだ。

 宗一郎氏に限らず、米アップルのスティーブ・ジョブズ氏、ファーストリテイリングの柳井正氏――だいたい、年をとってからリスクをとるのは変な人だ。普通、年寄りは石橋を叩いて渡らないものなのだ。

 イノベーションにはリスクがつきもの。リスクをとれない40歳を過ぎた人がやるべきことは、イノベーションのマネージメントなのだ。

 アウトプットの質が、かけた時間にほぼ比例するのがオペレーションだ。イノベーションは、最初は何もでてこない。皆さんの会社は、成果主義を採用していないか。仕事を成果で評価するのはよい、しかし成果主義をいれてはだめだ。毎年目標に届いているかいないかで給与や賞与を決められたら、目標に届くのに16年かかるエアバッグのようなものに誰が取り組むだろうか。

 オペレーションは論理的に正解を追求し、過去の経験や経営学が役立つ。エキスパートの独断場だ。オペレーションで困ったら、過去の経験と蓄積が豊富な年長者に尋ねればよい。しかしイノベーションには論理はない。どちらかといえばアートに近い。良い絵をロジカルに書く方法はないのと同じで、経営学は害になる。だから、過去の経験や論理に捉われてしまう40歳以上のエキスパートにはできないのだ。

 日本の革新性はなぜ衰退しているのか。それは今の日本企業に平凡なリーダーと優秀な大学を卒業した社員、年寄りしかいないからだ。平凡なリーダーはリスクをとらずローリスク・ローリターンを狙い、勉強のできる社員は論理思考型なのでイノベーションが起きない。年寄りは管理大好きで、改善ばかりしたがる。

 40歳を超えた分別のある頭の硬い人は、自分でやろうとせず若い人に問うことだ。若い人は知識がないから、思いつきで勝手なことを言う。9割9分は役に立たないかもしれない。そんな時は本質を問う。本質とは「答え型」と目を見るのだ。内容は分からないのだから、自分で判断しないことだ。型が良いと、イノベーションを起こす確率があがる。この「答え型」とは本質とコンセプトのことだ。

本質とは何だ ホンダの哲学

 本質を徹底的に熟慮するのがホンダのしきたりだ。まず、米軍の作戦命令書に倣って、これを「A00」という。ホンダで「A00は何だ」と問われたら、基本要件・目的・夢を答えろということだ。新人はこれを繰り返し聞かれ続ける。

 自分が新人の頃、シートを安全化するために図面を持って試作課を訪れると、A00を問われた。(1)機会的な性能向上(2)コストダウン(3)重量ダウンだと答えると「それをやって何をしたいかがA00だ」と試作課の中卒のおじさんに怒られてしまった。目的と手段をきちんと理解しろということなのだ。物事の本質が分かっていないということは、頭の良し悪しとは関係ない。最近「我が社の目的は収益である」と言う経営者がいるが、その最たる例で愚の骨頂、バカヤローだ。

 宗一郎氏はよく「お客様の心を研究し、求められる将来価値を見つけるのが最重要の仕事だ」と言っていた。エアバッグで言えば、当時ホンダと取引のあった先進国で毎年約10万人が交通事故で亡くなっていた。主婦に夫の死因は何だと思うか予想してもらうアンケートをとると、1位は交通事故だったほどだ。

 「What(何を)」と「Why(なぜ)」を聞くのが40歳を過ぎたサラリーマンの仕事だ。新たな価値づくりが仕事で、技術はそれを実現する手段でしかない。ほかの自動車会社に就職した大学の同級生は、同窓会などで集まると全員技術の話をしていた。でも、ホンダにいた自分は価値の話をしたかったのだ。

コンセプトを問う

 当時のプロジェクトリーダー全員が言っていた。「よいコンセプトができたら、かならずよい商品や技術ができる」「人生の中であんなにもの(本質)を考えたことはない」――。ホンダは、必ずコンセプトを作ってから設計が始まる。

 3代目社長の久米是志氏は「鬼の久米」と言われていた。報告後には熟慮タイムが40分もある。久米氏が考えている間、直立不動で待つのだ。その後厳しい質問タイムが待っている。

 当時取り組んでいたエアバッグは、高い信頼性を確保する必要があった。キーとなる要素は2つ。車の走行中に誤って開いてしまう「暴発」と、衝突時に開かない「不発」だ。

 「高信頼性のキー要素は何か」と久米氏に聞かれた時、自分は(1)故障の極小化(2)故障時の最低性能の保持(フェイル・セーフ)(3)故障の予見性だと答えた。すると久米氏に「じゃあ4つめは。5つめは――」と問い詰められた。答えに詰まると、さらに「さっき言った3つの次元レベルは一緒か」「それぞれは完全独立事象か」と重ねて問われた。答えられないでいると「あんたはなにも分かってないね」と出て行ってしまった。こういうことを聞くのが、イノベーションマネージメントなのだ。オペレーションは正解を他人に聞いてもいいが、イノベーションはだめだ。こうした質問に答えられるようになると、知らず知らずのうちに一流になれるのだ。

シビックのコンセプトは「サンバ」

 5代目シビックのコンセプトを例にして説明する。当時のプロジェクトリーダーが、主要メンバーつれてブラジルのリオのカーニバルに行ってきた。帰ってくるや、シビックのコンセプトを「サンバ」だという。これは私の推測になるが、この時、デルソルという屋根が開くスポーツカーも一緒に販売した。サンバで踊る女性は、1年以上働いてこつこつと貯めたお金を年に1度のサンバのためにパッと使ってしまう。車の部品設計1つをとっても、コンセプトで直線か流線かが決まる。営業もコンセプトに沿って売る。だから1つのコンセプトにのっとって作られた車は、ほかとはわずかに違う匂いを発する。お客様はその匂い、違いを敏感にかぎとるのだ。

 自分がエアバッグの開発に取り組んでいた時、皆が反対する理由は「暴発」と「不発」の2大故障を恐れるからだと気づいた。だが、「それは技術のミスだから、技術で解決できるはず」と4カ月考えて思いついたのだ。とはいえ、野中郁次郎氏が言った「知は人を選ぶ」という言葉が表すように、理解してくれない役員も多かった。そんな中、久米氏はある1点を見てタバコを吸いながら考え込んだ後に言った。「そんなもんだ」と。これは最高の褒め言葉だ。だから16年間諦めなかった。

 コンセプトとはお客様の価値観に基づき、ユニークな視点で捉えた物事の本質だ。全員が理解できるようなコンセプトは論理的なのでだめだ。かといって、誰もわからなくてもクレージーということだ。1割くらいの人が分かるのが、いいコンセプトだ。いいコンセプトを作るには、感受性を豊かにすることだ。(1)現場に足を運び(2)「ワイガヤ」で異質な人と本質的な議論を繰り返し(3)試しにやってみる。失敗を恐れずやり続けることだ。

不可欠なものは「想い」

 ホンダという12兆円企業をつくった先輩達に「イノベーションを起こすのに最も大切なものを1つ教えて下さい」と聞くと、9割の人々が「想いだ」と答える。

 宗一郎氏と久米氏から学んだ「新しいものの作り方」をもっとみんなに理解してもらいたい。日本企業は効率化とコスト削減に走っている。新しいことをやらなければ、この国は滅ぶ。まず日本一を目指し、そこから世界一を目指すのだ。もう一度イノベーションを起こし、世界一のものを産んで、世界の人に喜んでもらいその対価として外貨を稼がなければ、我々の子供や孫たちは幸せになれない。

 宗一郎氏のリクエストは2つだけだった。「ホンダらしさはどこだ」「それは世界一か」――。これにみんなで応えた。戦後、日本の発展を支えてきたのは企業人だ。自分の会社の成功だけでなく、日本をよくするために何をしたらよいのか、もう一度考えてほしい。

nikkei.com(2012-10-11)