ガソリン車廃止の世界的な潮流に乗り遅れた日本


テスラの米カリフォルニア州の工場

15年後の2035年、読者の方は何歳になっているでしょうか。中国が35年をめどに、販売される新車をすべて環境対応車にするという方針が10月末に明らかになりました。ガソリン車を廃止するというのです。

ロードマップも具体的に示されました。現状のガソリン車の販売比率である95%を25年には40%、30年には15%、35年には0%と、5年ごとに半分以下にしていくというかなりアグレッシブな計画です。

この分野は欧州が進んでいます。北欧のノルウェーは今から4年前の16年に「25年にはガソリン車の新車販売を禁止する」と発表しました。同国の電気自動車(EV)の普及率は当時は数%でしたが、現在では新車販売の半分以上を占めています。このペースでいくと、25年の新車販売を全てEVにするのは十分に可能でしょう。

ノルウェーは人口が500万人程度で、電力のほとんどが水力発電です。ガソリン車には寒冷地でもエンジンをかけられるよう暖める電気ヒーターが搭載されており、充電インフラも充実しています。寒冷地では一般に電池の性能は落ちますが、それにもかかわらず米テスラの製品を筆頭にEVの普及が進んでいます。

このような固有の事情はありますが、中国のロードマップはノルウェーの推移を参考にしていると思われます。

■ガソリン車に言及しない日本

スウェーデン、オランダ、ドイツ、英国、フランス、スペイン、イスラエル、インドなども同様に、ガソリン車の新車販売を将来禁止すると発表しています。

欧州にはもともと環境への意識の高さがあります。一方、中国やインドは大気汚染が深刻なことが新しい規制の導入を急ぐ動機になっています。米国ではカリフォルニア州が9月、ガソリン車の新車販売を35年に禁止すると率先して発表しています。

日本も菅義偉首相が10月26日に行った初の所信表明演説で「温暖化ガスを50年までに実質ゼロにする」と宣言しました。おそらく中国の方針を事前に察して、環境問題に取り組む姿勢を示す意図があったのでしょう。

温暖化ガスを取り上げ、あえてガソリン車について言及しなかったのは、日本には大手のガソリン車メーカーが多いからだと考えられます。欧州、特にドイツにも多くのガソリン車メーカーがありますが、日本とは対照的にいち早くEVへの移行を宣言しています。

人間が様々な活動を通して排出する温暖化ガスの中で、最も大きな割合を占めるのは二酸化炭素です。日本での二酸化炭素の排出は、自動車からが約4分の1を占めています。

日本の自動車メーカーは、部品の製造から車体の組み立てまでをすべて自前のグループ会社で手がける、いわゆる垂直統合を行ってきました。これが功を奏し、1980年代から90年代にかけては業績が好調でした。この垂直統合は「KEIRETSU(系列)」という英語になり、ハーバード・ビジネス・レビューで紹介されていたほどです。

しかし、環境問題が深刻になりEVへのシフトが求められるなか、部品の中でも特に高度な技術が求められるガソリンエンジンの技術を自社グループ内に持っていることは、EVへのシフトを妨げる要因の一つになってしまいます。故クレイトン・クリステンセン教授が提唱した「イノベーションのジレンマ」、すなわち、既存製品が優れているために新しい需要に目が届かず新興市場で後れをとってしまうパターンに陥っているのです。

■電池の開発が重要に

ガソリン車で最も重要な部品がガソリンエンジンだとすれば、EVで重要な部品は2次電池とモーターでしょう。さらに重要な部品が、自動運転や車体管理をつかさどるソフトウエアです。

現在販売されているEVの普及を阻害している要因の一つが駆動時間の短さです。私もカリフォルニアでEVに乗っていますが、標準モデルだと自宅での毎日の充電は必須です。遠出する際には、30分程度で容量の半分まで充電できる急速充電ステーションのお世話になることがよくあります。

この問題を解決するには、2次電池の性能を向上させる、あるいは充電ステーションの設置数を増やしたり充電能力を上げたりするといった対策が必要になります。

テスラは既に世界で2000カ所以上の急速充電ステーションを設置しています。そうなると、後発のEVメーカーはステーションの開拓よりも2次電池の開発に注力するようになります。

車載電池メーカーとしては以前はパナソニックが有名で、テスラがパートナーシップを組んでいたほどでしたが、現在のシェアトップは中国CATL(Contemporary Amperex Technology、寧徳時代新能源科技)です。CATLは中国政府が国策として支援し、独BMWなどと協業してきました。

パナソニックは現在2位で、3位の中国BYD(比亜迪)と激しく争っています。いかに電力が長くもち、急速に充電できるかという製品開発競争が激化しています。テスラも2次電池メーカーの米マクスウェル・テクノロジーズを19年に約240億円で買収しており、電池の開発を強化する方針です。

EVではモーターも重要です。たとえ高性能な2次電池を搭載しても、それをきちんと走行距離に反映できなければ、消費者の満足度が下がってしまうからです。この分野では日本電産が健闘しており、30年にはシェア45%を目指すと発表しています。

EVに関する議論では発電方法も重要です。火力発電に依存していると大量の二酸化炭素を排出してしまうことになり、環境の面からは望ましくありません。そこで注目されているのが、水素の生成方法に二酸化炭素などの温室効果ガス排出がないように気をつけなければなりませんが、水素を使う燃料電池自動車(FCV)です。

水素は素早く補充できるという特徴があり、日本も力を入れています。問題はステーションのコストです。1つのガソリンスタンドを造るコストが7000万円程度なのに対し、水素ステーションには約5億円かかります。このため、バスや輸送トラック、航空機など「決まったルートを走行し、燃料を補充する場所が決まっている用途」に適しているといえるでしょう。

無視できないのが、温暖化ガスの排出枠取引です。97年に京都で開催された「第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)」で採択された京都議定書で定められました。温暖化ガスを排出できる枠のうち、余剰分を売却できます。

テスラは過去1年で約1500億円の排出枠売却益を得て、最終利益に大きく貢献しました。こうした取り決めは、今年のノーベル経済学賞を受賞したオークション理論のように、経済学の研究から生まれて社会に実装されています。東京大学でも、こうした社会実装を研究するマーケットデザイン研究センターが発足し、最適な規制の理解や実装が進むと期待されています。

環境問題は、国境を超えて100年以上の影響がある分野です。欧州や米国、中国が動く中、日本はリーダーシップを改めて求められています。
(「教えて山本さん!BizTechの基礎講座」より)

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DNXベンチャーズ インダストリー パートナ
東京大学修士号取得後、米ニューヨークの金融機関に就職。ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。卒業後グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用を推進。ハーバード大学客員研究員。京都大学大学院特任准教授。著書に『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(講談社現代新書)、『シリコンバレーのVC=ベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』(東洋経済新報社)がある。

nikkei.com(2020-11-03)