ホンダ、20年越しの「開国」 北米で基幹部品を共通化

ホンダ・GM 戦略提携の深層(上)


ホンダと米ゼネラル・モーターズ(GM)が戦略提携する。主力の北米市場でガソリンエンジンなど基幹部品の共通化に踏み込む。独立志向の強さから「鎖国主義」と呼ばれたホンダにとっては、創業以来の大転換だ。低迷する稼ぐ力や次世代技術に対する危機感がライバルである両社の背中を押した。20年越しでの実現と言える戦略提携の舞台裏を探った。

「GM以外の代案があるなら言ってみろ」。今春、ホンダ本社10階では経営陣が連日、激論を繰り広げていた。「うちからエンジンを提供するとGMに『いいとこ取り』されるのでは」。こうした慎重論を、協議の窓口となっていた倉石誠司副社長らが説き伏せた。「いいんじゃないか。やろう」。最後は八郷隆弘社長も腹をくくった。

議論が紛糾した背景にはホンダの強固な独立志向がある。創業者の本田宗一郎氏は独自技術にこだわった。この遺伝子が受け継がれ、低公害のCVCCエンジンなど独創的な製品を生んだ。一方で、新車を開発するたびに全ての部品を設計し直すのが長らく美徳とされるなど、非効率な体質も温存されてきた。

ホンダは数少ない提携相手であるGMとは、自動運転や電気自動車(EV)の開発などの次世代技術で手を組んできた。ただ、今回はガソリン車のエンジンや車台などの基幹部品まで提携の範囲を広げる。実質的な「開国」とも呼べる深さまでアクセルを踏み込んだ。

6月中旬の早朝。オンラインで両社のトップ会談が開かれた。「ぜひ成功させましょう」。GMのメアリー・バーラ最高経営責任者(CEO)が呼び掛け、八郷社長が「ホンダにとってキーとなる取り組みだ」と応じた。共闘の意志を確認し合い、9月3日の発表につながった。

パートナーとしてGMを選んだのはなぜか。ホンダ幹部は「実は伏線はかなり以前からあった」と明かす。ホンダは1999年末にGMへのエンジン供給で基本合意した。このとき、「将来技術や双方にとって有益な事業機会について将来の協力関係」も議論すると明記していた。エンジンという屋台骨にまで踏み込む今回の戦略提携は、いわば20年越しの実現だ。

実現が長引いた原因の一つは09年のGMの経営破綻だ。ただ、14年に技術畑出身のバーラ氏がCEOに就任すると両社は再び接近。戦略提携の協議を始めたのは2年ほど前で、最初にもちかけてきたのはGMとみられる。ホンダも独立主義を理由に門前払いするほどの余裕はなかった。


ホンダが追い込まれている理由は2つ。第1に四輪事業の不振だ。リーマン・ショック後の北米市場の低迷を受け、「世界販売600万台」を掲げて工場を新増設するなど拡大戦略を取った結果、固定費が膨らんだ。

金融事業を除いた20年3月期の四輪事業の売上高営業利益率は1.5%にとどまる。中国での合弁事業などを反映して試算した四輪の1台当たり純利益は約7万9千円。トヨタ自動車の4割程度の水準で、GM(約9万5千円)にも劣る。

低迷を挽回するカギになり得るのが、GMとの基幹部品の共通化だ。GMは19年に北米市場で約336万台、ホンダは約191万台を販売。それぞれ全社の約4割を占める最大市場で、大半がガソリン車だ。

共通化の範囲はこれから詰めるが、GMはエンジンの開発体制を大幅に縮小している。エンジンについては低燃費などに強みを持つホンダがGMに供給する形になりそうだ。ホンダは量産効果に加え、北米で2割近いシェアを持つGMとの共同購買によるコスト削減で収益改善を見込む。ゴールドマン・サックス証券の湯沢康太アナリストは「向こう10年を見据えたホンダの北米収益の転換点になり得る」と語る。

こうした取り組みは北米だけでなく世界に広がる可能性が高い。ホンダ(517万台)とGM(771万台)の世界販売台数を単純合算すると約1300万台で、世界首位の独フォルクスワーゲン(1097万台)を超える世界一になる。

焦りの第2の理由は次世代領域での出遅れだ。今後のEV事業についてホンダ社内で試算したところ、「自社だけで進めると大赤字」という結論に至った。ガソリン車に代わる本命になるのかという疑問が根強く、EV専業の米テスラなどに商品化で後れを取った。

一方のGM。16年に自動運転開発の会社を買収したほか、17年にはバーラCEOが将来、全ての製品を電動化すると宣言した。韓国LG化学と共同で約2500億円を投じ、EVの心臓部となる電池工場も建設中だ。ホンダは次世代技術の分野でもGMとの結び付きを一段と深めたい考えだ。

ただ異業種も含めた競争が激化するなか、EVではテスラがはるか先を行く。時価総額は17日時点で3945億ドル(約41兆3300億円)と、今年、トヨタやホンダなど国内大手7社の総額を追い抜いた。これまでの自動車市場の競争軸は販売台数などの規模や1台当たりの利益だったが、株式市場の評価軸は次世代技術への姿勢などに完全に切り替わった。

ホンダとGMの今回の提携は、ガソリン車という従来型の課題の解決に手を付けたにすぎないとも言える。未来の競争を勝ち抜くには今後の連携の深化は必然となる。


nikkei.com(2020-09-18)