「ケタ違い品質」のニトリ、先生はホンダ

 家具販売チェーンが、ものづくりで自動車メーカーを超える――。にわかに信じがたい話だが、ニトリホールディングスのナンバー2である杉山清取締役専務執行役員は、「この2年間、リコールがない」ことに自信を深めている。

 杉山専務はホンダで生産事業部長を務め、2004年にニトリに転じた人物で、ホンダ時代には「品質の神様」と呼ばれた。ホンダのものづくりの生き証人が、既に「ホンダ流超え」を確信しているというのだ。最近、自動車業界で注目を浴びる、基幹部品を組み合わせたモジュール生産も「既にニトリで始めているよ」と言ってのける。

■350社以上の取引先まで生産指導

 テレビCMなどを通じて「お、ねだん以上。」をうたう低価格の家具販売で躍進を続けるニトリは、全国に250店以上を構える小売業だ。ただし、家具の製造から輸入、配送までを全て手掛けるメーカーであり商社であり物流会社でもある。杉山専務がニトリに招かれた理由はここにある。2007年から本格的に家具の品質向上に取り組み、ニトリのものづくりや物流を劇的に変えてきた。東南アジアにある自社工場の改革にとどまらず、350社以上ある取引先に乗り込み、無償で生産指導を繰り返してきた。

 取引先にまでホンダで培ったものづくりの知恵を惜しみなく伝え、生産性と品質を同時に引き上げる。そして最終的にはニトリとの取引価格に還元してもらう。

 品質では一切の妥協を許さない。ニトリは家具業界のリーディングカンパニーに上り詰め、社会的責任を負う立場になった。期待と要望は高まるばかりだ。その使命感が杉山専務を突き動かす。

 まして「クレームやリコールが出れば、お客様にご迷惑をかけ、コスト高にもなる」。そこで品質保証のPDCA(計画・実行・検証・見直し)サイクルを確立して「ケタ違い品質」を実現すると、杉山専務は日経情報ストラテジー誌の取材時に宣言した(図1)。

■家具も家電もバラして、問題点を突き返す

 何がそんなにケタ違いなのか。杉山専務は東京本部の一室に案内してくれた。そこでは「技術評価会」が実施されている。プロジェクターで映し出された画面には、安全な製品を販売するのに欠かせない、人体損傷や誤作動災害、健康影響、火災事故、耐久強度、そして実利用環境でのライフテストといった管理項目が並ぶ。

 これらは2011年1月から始めた「FMEA(故障モード影響解析)」と呼ばれる技術評価手法に基づく確認事項。「“想定外”まで漏れなく想定することで安全品質を提供する」(杉山専務)

 これまで家具の品質といえば、強度を指す時代が長く続いた。当然、技術評価会では取引先から届いた発売前の製品をバラし、骨組みだけに力をかけて「意地悪(耐久)テスト」をする。問題が見つかれば改善要求を出し、再提出を依頼。次のテストで合格しなければ、市場には出さない。

 加えて、FMEAに基づく評価では、切り傷ややけど、感電、アレルギー物質、発火などの可能性まで確認。約200人いるモニターを通じた家庭でのライフテストも経て、製品化を決定する。

 技術評価の対象は家具だけではない。今後ニトリは「住まいの全領域に進出する」(同)。小型家電などの品ぞろえが急増することは確実で、既に電気製品の技術評価も始めている。2011年度には家電量販店が市場回収を発表した5つの製品について、ニトリは事前に「不合格」の判定を下して取り扱わなかった実績まである。ケタ違い品質の実現には時に、製品を市場に出さないという「止める覚悟」が必要になる。

 ニトリが2011年3〜8月に実施した技術評価は486回に達する。不合格は90に及び、18.5%を採用しなかった。それだけ歯止めをかけたわけだ。

■ホンダから来た10人を軸に徒弟制度

 情熱は周囲をも動かす。ホンダからは10人の社員が杉山専務を慕って、ニトリに移ってきた。ケタ違い品質を実現するには取引先を指導できるだけのひとづくりが欠かせないと、杉山専務は徒弟制度を設けた。ホンダ出身者に付けて、マンツーマン体制で若手を一人前に育てている。

 自らは毎月、中国や東南アジアの取引先に出向いて指導する。時には店舗や物流センターも訪れ、顧客が見て理解しやすく選びやすい品質表示や陳列になっているかまで確認。製品を運ぶ時に、工場で作り込んだ品質を劣化させていないかも調べる。販売はディーラー任せの自動車メーカーとは異なり、扱う品質領域までケタ違いだ。

 2012年3月、ニトリは中国にある取引先5社の現場で、品質と生産性改善の工場見学会を開催。この場に多数の取引先を招き、杉山専務率いる品質業務改革室が指導したモデル職場である数社の実例を、現場確認を通じて共有するのが狙いだ。

 そして2012年度は生産性30%向上、スペース30%削減、中間在庫ゼロを目標に掲げる改善対象工場を20〜30社まで拡大する計画だ。ホンダ流を超える、杉山専務のものづくりの集大成である。 (日経情報ストラテジー 川又英紀)

nikkei.com(2012-09-17)