ホンダが出した欧州「炭素中立」への答え

カーボンニュートラル車の衝撃(下)


ホンダはこのほど、自動車や二輪車などで二酸化炭素(CO2)の排出と吸収を同じにする「カーボンニュートラル(炭素中立)」を実現する戦略を打ち出した。ハイブリッド車(HEV)と電気自動車(EV)の開発を両輪に据えるだけにとどまらず、エネルギー生成段階にまで関わる方針だ。欧州が掲げるカーボンニュートラル構想に、日系メーカーでいち早く備える。

■HEVは過渡期にあらず

ホンダは「マルチパスウエー(複数の道筋)」と呼ぶ考えをかねて提唱。エネルギーやパワートレーンを1つに絞るのではなく、国や地域で複数を使い分ける方針で臨む。2050年時点の環境性能と総保有コストの両面で、HEVとEVが拮抗すると試算するからだ。

HEVは「過渡期」の技術ではなく、長期にわたり環境対応車の主軸になる。EVも欠かせず、再生可能エネルギーの普及率や消費者の要望に応じて、どちらも用意する。自動車や二輪車をカーボンニュートラルに近づける上で、「なにか1つに集中すればよいという話ではない」(ホンダパワーユニット開発部エグゼクティブチーフエンジニアの木村英輔氏)


ホンダの試算によると、ライフサイクル全体にわたるCO2削減の観点で、国際エネルギー機関(IEA)の「2度シナリオ」に基づいて発電時のCO2排出量が減少すれば、30年以降はEVが有利になる。一方、同シナリオが軌道に乗らない場合、HEVは有力な選択肢として残る。

EVはエネルギー生成(主に発電)時と製造時のCO2排出量が多い一方で、走行時に少ない。逆にHEVは走行時に多いが、エネルギー生成(主に燃料精製)時と製造時は少ない。ライフサイクル全体でならすと、意外と差は小さい。

■2050年、EVとHEVの総保有コストは

総保有コストの試算では、H2とCO2の合成液体燃料「e-fuel(イーフューエル)」を使ったHEVと、再生可能エネルギーで充電したEVで比較した。50年には、例えば15万キロ走行時点で、HEVとEVは約3万5000〜4万5000ユーロ(約440万〜560万円)でほとんど同等と見通す。


総保有コストを大きく左右するのが、e-fuelと再生可能エネルギーのコストである。ホンダは各種調査会社のデータなどを収集し、現状でe-fuelのコストは1リットル当たり1.5〜4.5ユーロ(約187〜562円)、再生可能エネルギーの場合は送電網を経由した場合で、1キロワット時当たり0.17〜0.25ユーロ(約21〜31円)と推定した。それが50年になると、e-fuelは0.8〜3ユーロ(約100〜375円)、再エネは0.1〜0.23ユーロ(約12〜28円)と30〜50%と大きく下がると見込む。


ホンダは50年試算に基づき、出遅れているEVの開発に加えて、HEVに搭載するガソリンエンジンのさらなる熱効率向上、排出ガス低減に力を注ぐ。車両の環境性能やコスト削減を図ることは、長期にわたる競争力向上に貢献する。

車両技術の開発に力を注ぐのは自動車メーカーとして普通だが、ホンダが新たに挑むのが、e-fuelやバイオ燃料といった新燃料や再生可能エネルギーの効率的な活用技術の研究開発だ。自動車メーカーの範ちゅうを超えている。自動車をカーボンニュートラルに近づけていく上で、エネルギー生成段階に踏み込むことは避けられないと考える。

ホンダがe-fuelに着目するのは、カーボンニュートラルな液体燃料であることに加えて、再生可能エネルギーの可搬性を高める技術といえることが大きい。再生可能エネルギーの供給と需要の乖離(かいり)を埋めるのに一役買うとみる。

世界でみると、太陽光発電に適した地域と、再生可能エネルギーを使いたい地域は一致しない。例えば南米やアフリカは太陽エネルギーが強く再生可能エネルギーによる電力供給に適しているが、ホンダの予測では50年時点で需要は高くない。一方、日本では太陽エネルギーが強くないが、需要は高い。アフリカや南米の太陽エネルギーでe-fuelを生成して日本に運べば、再生可能エネルギーの供給と需要の一致に貢献するというわけだ。

ホンダは、再生可能エネルギーの需給を管理して普及しやすくする「eMaaS(イーマース)」にも取り組む。EaaS(エネルギー・アズ・ア・サービス)と次世代交通サービス「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス、マース)」を組み合わせた造語で、エネルギーに加えて移動のサービスを1つのプラットフォーム上で実現する構想を指す。再生可能エネルギーの導入を促す仕組みを自動車や二輪車などを活用してつくる。

例えばホンダが手掛けるEVや電動二輪車、充電器、持ち運べる電池などを活用し、天候や時間帯によって大きく変動する再生可能エネルギー供給量を平準化する。

さらに平準化に貢献することで電力会社から対価を得たり、EVへの充電料金を安くしたりする仕組みを構築する。再生可能エネルギーの導入自体は政府や電力会社が主体になるだろうが、EVなどでその普及を後押しする環境をホンダは整える。

(日経クロステック 清水直茂)

[日経クロステック2020年7月31日付の記事を再構成]

nikkei.com(2020-08-28)