治っても後遺症? 新型コロナの恐ろしさ、新たな闘い


 新型コロナウイルスに感染後、治ったはずなのに、疲れや息苦しさなどの症状が続く人がいる。新しいウイルスのため、長期間の影響についてはわからないことが多いが、国内外で「後遺症ではないか」との報告が相次ぐ。厚生労働省は実態調査を、8月から始めることにした。 

退院後もだるい

 4月上旬に新型コロナウイルスに感染した千葉県の10代の男子学生は、発症から3カ月以上が過ぎたいまも、熱や頭痛、だるさ、胸の痛みが残り、湿疹が不定期に出る。

 陽性とわかった後、病院のベッドに空きがなく、自宅で待機した。20日後に入院でき、約2週間後に退院した後はホテルや自宅で療養したが不調が続き、6月に再入院した。今は退院して自宅にいるが、症状がつらくなると受診する。

 「陰性になったら2週間ぐらいで治るのかと思っていた。この状態がずっと続くのか不安になる」。秋に復学を目指すが、十分に体調が戻っているか、自信はないという。

 中国・武漢で原因不明のウイルス性肺炎が広がっていると報告されてから約7カ月。まだ新しい感染症のため長期的な影響は明らかではないが、後遺症の報告が少しずつあがっている。

#コロナ後遺症

 ツイッターでは「#コロナ後遺症」とハッシュタグを付け、断続的な熱の上昇やめまい、疲労、味覚や嗅覚(きゅうかく)の障害などを訴える投稿が複数ある。

 イタリアの病院の医師らは7月、新型コロナのため入院し、その後、回復して退院した143人の9割近くに何らかの症状が続いていることを、米国医師会雑誌に報告した。

 初めに症状が出てから平均2カ月後の状況を聞いたところ、87%は疲れや呼吸困難など一つ以上の症状があった。最も多い症状は疲労で53%、呼吸困難が43%、関節痛が27%、胸痛が22%と続いた。

 せきや嗅覚障害を訴える人もいて、55%は三つ以上の症状があったという。医師は「一つの病院での少人数の結果だが、退院後の長期的な影響はモニタリングしていかないといけない」と指摘している。

肺に長期間の影響

 イタリアの呼吸器学会も5月、新型コロナからの回復者の3割に後遺症が生じる可能性があると報告し、地元メディアが報じた。別のコロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)のデータや国内の新型コロナの症例などを踏まえたもので、少なくとも6カ月間は肺にリスクがあるという。

 回復した患者の肺に異常が残ることは早くから指摘されていた。中国・武漢の病院の医師たちは、1〜2月に入院し、その後退院した患者の肺のCTスキャンで、すりガラスのような影が多く見つかることを報告していた。

 中国・広州の病院の医師たちは6月、欧州呼吸器学会誌に集中治療室に入るほどの重症患者を除く退院患者110人の肺機能を調べた結果をまとめた。退院するときの血中酸素濃度は正常だったが、約47%に肺の機能の異常が見つかり、約25%は肺に入る空気の量が少なかった。症状が重い人ほど、肺の障害は深刻だったという。

 研究チームは「回復してから短い期間しかみていないため、退院後の肺機能をもっと長期的に調べていく必要がある」と指摘する。

 英テレグラフ紙によると、英国で無料で医療を提供する国民保健サービス(NHS)の手引書では、SARSや中東呼吸器症候群(MERS)と同じような経過をたどるなら、新型コロナから回復した患者のうち3割は、長期的な肺の損傷に苦しむかもしれないと記載されているという。

キーワードは「線維化」

 東京医科歯科大の瀬戸口靖弘特任教授(呼吸器内科)は、回復した重症患者から「階段を上ると息が切れ、社会復帰に支障が出ている」という声が出ていると話す。原因として考えられるのが、肺の線維化だ。

 ウイルス感染により免疫が暴走するサイトカインストームが起きると、「肺胞」という空気の入った小さな袋の壁が傷つく。肺胞は回復しようとするが、完全にはもとに戻らず線維質が多い状態になるという。肺胞は膨らんだり縮んだりして空気を出し入れする。瀬戸口さんは「線維化した肺胞が多いと、厚いゴム風船に空気を入れるように肺が膨らみにくくなる」と説明する。

 一度、肺胞が線維化すると元には戻らず、新しく増えることもない。ただ現状では呼吸筋トレーニングで横隔膜や腹直筋を鍛えることはできる。固くなった肺をより強い力で膨らませることで呼吸機能の回復につながる可能性はあるという。

うつやPTSDも

 ただ後遺症は、肺への影響にとどまらない。自治医科大付属さいたま医療センターの讃井将満(さぬいまさみつ)集中治療部長によると、肺炎が重症化して集中治療室に入院したことがある患者は一般的に、肺の機能が落ちるだけでなく、記憶力や注意力などの認知機能が落ちたり、うつやPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったりすることがあるという。

 肺炎が重症化するなどして起きるARDS(急性呼吸窮迫症候群)から回復した患者は、1〜2年後に約2割の人がうつ症状になったという論文もあるという。ARDSは新型コロナによる肺炎が重症化することでも起きる。

 サイトカインストームや「せん妄」と呼ばれる意識障害、低酸素状態などが複合的に関係するとみられ、讃井さんは「新型コロナの場合も類似した後遺症が出る可能性がある。集中治療室に入る期間が長くなる傾向があり、より注意が必要だ」と話す。

 こうした報告を受け、厚生労働省は8月から、新型コロナから回復した患者計2千人を対象に後遺症の実態を調べる研究を始める。

 酸素投与が必要だった中等症〜重症の患者1千人については、退院から3カ月後と半年後の自覚症状や肺の機能などを調べる。軽症〜中等症の患者1千人についても、退院後にどんな症状が続いたかなどをアンケートし、血液検査などもする。研究班を立ち上げ来年3月まで実施し、予防や治療につなげたい考えだ。(熊井洋美、三上元、合田禄)

digital.asahi.com(2020-07-18)