ホンダがつぶれない理由
(福井威夫氏の経営者ブログ)

 ホンダには本田宗一郎さんともう一人、創業者がいる。本田さんと二人三脚でホンダを世界的企業に育てた藤沢武夫さんだ。クルマ作りに没頭する“技術屋”の本田さんに代わって、副社長として営業から財務までを一手に取り仕切り、経営者として手腕を振るった。藤沢さんがいなければ、今のホンダはなかった。今回は藤沢さんについて、お話ししたい。

 取締役に就任した1988年、私は藤沢さんが当時住んでいた東京・六本木の自宅をもう2人の新任役員とともに訪れた。藤沢さんは当時既に、本田さんとともに最高顧問に退いていて、新任役員を自宅に招くのを習わしにしていた。

 それ以前は「副社長講話」で藤沢さんの話を聞いたことがあるぐらいで、本田さんのように身近な存在ではなかった。厳しい人だという印象が強かったから、緊張して敷居をまたいだことを覚えている。  「会社は景気が悪くなったり、自然災害が起きたりしてもつぶれないんだよ。つぶれるとしたら、原因は何だと思う?」

 食事が進んだころ、藤沢さんがふと口にした。

 「内部抗争なんだよ」。

 たとえ景気が悪化したり、自然災害の影響を受けたりして厳しい経営環境に陥ったとしても社内が一丸となれば、ホンダはつぶれない。だが、平常時であろうと、エネルギーを社内に向け、足を引っ張り合っていれば、いずれ組織は腐敗する。藤沢さんが言いたかったのは、こういうことだろう。

 だから藤沢さんは常々、「学歴や派閥がない平等な会社にしよう」と言っていた。その通り、ホンダの社内人事で学歴が考慮されることはない。評価されるのはあくまでも能力だ。社長経験者であろうと退任した後は経営には口を挟まない。対外業務のために、社長の判断で会長職を置くことがあるが、一時的なものだ。なにしろ、本田さんですら退任後、会長に就いていないのだから。ホンダは創業時から変わらず、会社のトップは社長というシンプルな組織であり、派閥が生まれる素地はない。藤沢さんの教えもまた“ホンダフィロソフィー”の礎を形作ったことは間違いない。

 経営の在り方から、私が担当していたレースまで、話はじっくり3時間に及んだ。藤沢さんは絵画や舞台、音楽などの文化・芸術に造詣が深く、部屋には様々な芸術品が飾られていた。ふと見回すと、カッパの絵が幾つかあるのに気がついた。藤沢さんはカッパが好きなのだという。私が怪訝(けげん)な顔をしていると、こう付け加えた。

 「カッパは、ドジョウが来ようが、フナが来ようが、気にしないんだよ」  周りを一切気にせず、思うことに突き進むカッパの生き様に憧憬を覚えるのだという。それは藤沢さんが日ごろ言っていた、ホンダの経営方針に通じるところがある。他社の戦略がどうだとか、市場シェアがどうだとかは気にしない。お客様だけを見ろと。まさにホンダフィロソフィーの根幹である。

nikkei.com(2012-09-26)