「夢の泥」にはレアアースがいっぱい
太平洋・南鳥島の泥が日本を救う

 電気自動車やLED照明など日本のハイテク産業分野において欠かせない存在であるレアアース。しかし、その約9割を中国に依存していることから、脱中国依存が最重要課題の1つとなっている。そうした中、2012年6月28日に、東京大学大学院工学系研究科エネルギー・資源フロンティアセンターの加藤泰浩教授が日本の排他的経済水域内の南鳥島沖で大量のレアアース泥を発見したと発表した。

 「『南鳥島レアアース泥プロジェクト』を成功させて、子供たちに明るい未来があることを見せてあげたい」

 こう語るのは、東京大学大学院工学系研究科エネルギー・資源フロンティアセンターの加藤泰浩教授だ。

 加藤教授は、太平洋の海底にレアアースを含む泥が大量に堆積していることを世界で初めて発見した人物だ。その論文が2011年7月4日、英国の科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」電子版に掲載されたことで、日本はもとより世界中から大きな反響を呼んだ。

 さらに、2012年6月28日には、「日本の排他的経済水域内の南鳥島沖でも大量のレアアース泥を発見」と発表し、話題となっている。ちなみに、南鳥島は、本州から1800キロメートルも離れた日本の最東端の小さな島で、行政上は東京都小笠原村に属する。

経済産業省の反応が鈍い理由は理解できる

 電気自動車やLED照明、スマートフォンなど日本企業にとって、国際競争力の源泉となっているハイテク産業分野において欠かせない存在であるレアアース。しかし、その約9割を中国に依存していることから、脱中国依存が早急に解決すべき最重要課題の1つとなっていた。

 それは、欧米諸国も同じだ。2010年9月7日に起こった尖閣諸島中国漁船衝突事件をきっかけに、中国政府が日本、さらに欧米諸国へのレアアース輸出停止を打ち出したからだ。いわゆる「レアアースショック」である。そういった中での、加藤教授によるレアアース発見のニュースであった。

 「実は、1999年ごろから分かっていた。とはいえ、私は地質学者。夢は46億年に及ぶ地球の歴史の解明だ。その研究を通じて分かったことであり、一般に公表する予定はなかった。しかしながら、中国政府の目に余る傍若無人ぶりに居ても立ってもいられなくなり、伝家の宝刀を抜くことにした」。発表の経緯を加藤教授はこう説明する。

 本来であれば、あと2年間かけて、じっくりと書き上げようと考えていた論文だった。しかし、レアアースショックを機に、1日も早く公表すべく、発奮した。そして、太平洋の海底から収集した7000個にも及ぶ泥のサンプルの化学分析に死に物狂いで取り組み、約3カ月間で論文を書き上げ、見事、「ネイチャー・ジオサイエンス」への掲載を果たしたのだ。

 「その時点では、日本の国益に直結する重要な秘匿情報であることから、あえて、日本の排他的経済水域内である南鳥島沖の海底にも、大量のレアアース泥が存在することには言及しなかった。レアアース資源を独占する中国をけん制するという点においては、目的は十分果たせると考えたからだ」と語る加藤教授。

 その一方で、経済産業省に対しては報告していた。ひそかに南鳥島沖でレアアース泥を探査し、世界に知られることなく、日本でレアアースの生産ができる体制を粛々と整えるというロードマップを描いていたのだ。

 ところが、意外にも、経済産業省の反応は冷ややかだった。そこで加藤教授は、2本目の伝家の宝刀を抜くべく、南鳥島沖にも大量のレアアース泥があることを公表したのだ。

 「経済産業省の反応が鈍い理由は理解できる。政府は中国依存から脱却するため、外交に奔走してきた。巨額の税金も投入されている。そういった努力や功績、税金が私の発見で、一瞬にして無駄になってしまう可能性があるからだ。しかしながら、日本の将来を考えたとき、ただちに南鳥島沖のレアアース泥の資源開発に取り組むべきだ」と加藤教授は主張する。

外交では根本的な問題は解決しない

 事実、このところ、日本政府による脱中国依存に向けた外交が活発化している。オーストラリア、ベトナム、インド、カザフスタンと、いずれも経済産業省傘下のJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が民間企業を支援するかたちで、新規鉱床の共同開発の合意を取り付けたというものである。

 しかしながら、これらの外交ではレアアースに関する根本的な問題は解決しないと加藤氏は主張する。

 理由は主に次の2点だ。

 1点目は、輸入先をいくら分散しても、「輸入への依存」という点では変わりなく、資源戦略に巻き込まれないという保障はないからだ。しかし、自給できれば、少なくとも他国から足元を見られ、価格を不当に吊り上げられるといったリスクは低減される。「場合によっては、日本が価格の調整弁を握れる可能性だってある」と加藤教授は語る。

 「例えば、日本がレアアースの自給率を10%確保するだけで、中国は安値攻勢をかけて、日本を潰そうとしてくるはずだ。逆に、そうなればしめたもの。『ごっつあんです!』と言って、中国から安価でレアアースを調達してくればよいだけの話だ。なにも日本が自給率100%を目指す必要は全くない」

 2点目は、陸上の鉱山から採れるレアアースのうち、ネオジム磁石に添加されるジスプロシウムや、LEDや光ディスクに必要なテルビウムなど、より重要な元素は中国の鉱床からしか採れないからだ。

 レアアースとは、スカンジウムとイットリウムに加え、ランタノイドに属す15元素を加えた全17元素を指す。そして、その中で、ランタノイドのランタンからユウロピウムまでの7元素を「軽レアアース」、それ以外のガドリニウムからルテチウムまでの8元素およびスカンジウム、イットリウムの計10元素を「重レアアース」と呼ぶ。ジスプロシウムもテルビウムも重レアアースに属す。ところが、現在のところ、重レアアースの鉱床は中国南部にしかない。そのため、輸入先をいくら分散しても、解決策にはならないというのが、加藤教授の主張だ。

 確かに今回、インドから輸入することが決まったランタン、セリウム、ネオジムの3元素はすべて軽レアアースだ。一方で、2012年5月に、日本政府がカザフスタン政府と合意したのは、原子力発電用にウラン鉱石からウランを精製する際に副産物として出てくるジスプロシウムの分離・製錬技術を信越化学工業が中心となって共同で開発するという内容だが、この件に関してはどうなのだろうか。

 「この話は2009年ごろからあった。しかし、なかなか進展しないのは、一緒に出てくる放射性元素のトリウムの処理が難しいからではないだろうか。実は、インフラ整備など日本からの資金援助が目当てということもあり得ない話ではない」と加藤教授は語る。

南鳥島は約1億2000万年前にタヒチの近海で生まれた

 それに対し、加藤教授が発見したレアアース泥には5つの利点があるという。

 1点目は、重レアアースの含有量が多いことだ。中国では重レアアースを「イオン吸着型鉱床」で産出している。これは、花崗岩が風化してできた粘土層にレアアースがイオンとなって吸着した鉱床で、放射性元素を含まず、簡単に製錬できるのが特徴だ。今のところ、中国にしかない。一方、南鳥島沖に堆積しているレアアース泥にはイオン吸着型鉱床の4〜5倍の濃度の重レアアースが含まれているという。

 2点目は、資源量が膨大だということだ。現在のところ、レアアースはすべて陸上の鉱山から採られたものだが、太平洋の海底に堆積しているレアアースの量は、陸上の埋蔵量の800〜1000倍はあると加藤教授は見ている。

 「太平洋の中でも、特にタヒチの東側の南東太平洋海域の濃度が高い。それに準ずるのが、ハワイ島の東側と西側の中央太平洋海域だ。また、南鳥島沖に関しては、国内消費量の数千〜数万年分はあると推測される。無尽蔵とも呼べる量だ」

 ちなみに、日本の排他的経済水域内で、レアアース泥が堆積しているのは南鳥島周辺のみだ。理由は、南鳥島だけが国内で唯一、タヒチ島やハワイ島と同じ太平洋プレート上にある島だからだ。実は南鳥島は、約1億2000万年前の白亜紀にタヒチの近海で生まれ、レアアース泥をため込みながら、現在の位置まで移動してきたと予想される。その点で、南鳥島は、日本にとってまさに福音の島だと加藤教授は言う。

 「中国が我々の発表を受けて、自分たちの排他的経済水域内にもレアアース泥がある可能性はあると言っているようだ。しかし、中国周辺の海はユーラシアプレート上にあるため、レアアース泥が見つかる可能性は極めて低い」

資源として4拍子も5拍子も揃っている

 3点目は、資源開発の障害となるウランやトリウムなどの放射性元素をほとんど含まないことだ。陸上で生産されているレアアースの約60%は「マグマ由来の鉱床」で採掘されている。これは、地下深くのマグマだまりが冷えて固まり、地表に現れたもので、採れるのはセリウムやランタン、ネオジムなどの軽レアアースが中心だ。

 実はこの種類の鉱床であれば、イオン吸着型鉱床と違って世界中にある。しかし、この鉱床には大きな欠点がある。ウランやトリウムといった放射性元素も一緒に採掘されてしまうことだ。

 そのため、製錬する際、どうしても、現在の原子力発電の放射性廃棄物の処理と同じ問題を抱えることとなる。現在、マグマ由来の鉱床を豊富に持つ米国やオーストラリアが自国で採掘していない理由の1つはそこにある。

 「それゆえ、中国やカザフスタンといった環境基準の甘い国や地域が生産国となっているのだ。しかし、いつまでもそういった国に依存しているわけにはいかない。仮に環境基準が変われば、日本はとたんに調達に窮することになるだろう」

 それに対し、海底に堆積したレアアース泥がほとんど放射性物質を含まないのは、陸上とは全く異なるプロセスで、レアアースが泥に吸着されるからだ。加藤教授はこう説明する。

 「そもそもトリウムは水にほとんど溶けない元素であるため、海水中には微量にしか存在しない。一方、レアアースはイオンとして海水に溶けている。そのイオンを集める鉱物が2種類あることが分かっている。それらが、レアアースを吸着した状態で、泥として海底に堆積しているというわけだ」

 4点目は、資源探査が極めて容易なことだ。通常、陸上の地下資源を調べる場合、ボーリング掘削によって、地下数百メートルまで細長い穴を掘り、堆積物を採取して内容を分析する。掘る穴の数は千本単位だ。そのため、探査に莫大な費用がかかってしまうという欠点がある。一方、レアアース泥が堆積している海底は、陸地から離れた遠洋海域にあり、環境が非常に安定している。そのため、ボーリング掘削した場所から20〜30キロ離れた場所であっても、堆積物の内容があまり変わらない。陸上のように多くの穴を掘る必要がないのだ。

 「南鳥島沖の場合、正方形の一辺の長さ約32キロメートル、面積約1000平方キロメートルの中にどれだけのレアアースが堆積しているかを調べようと思ったら、正方形の4隅の4点を調べるだけで十分だ。10日間もあれば探査できてしまう。こんなに資源探査にお金も時間もかからない鉱物資源はほかにはない」

 5番目は、レアアースの抽出が容易なことだ。前述の通り、レアアースを吸着しているのは2種類の鉱物だ。その鉱物を薄い塩酸や硫酸に25度くらいの室温で、1時間程度浸けておくだけで、簡単に抽出することができる。また、磁石を使えば、海底の泥の中からその鉱物をより選択的に集め、引き揚げることもできるという。

 「私は、資源として4拍子も5拍子も揃った『夢の泥』だと考えている」と加藤教授は語る。

深海からどのように掘り出すのか

とはいえ、夢の泥にも欠点がないわけではない。唯一の欠点は、堆積しているのが深海だということだ。タヒチ沖の場合、水深4600メートル、南鳥島沖の場合、水深5600メートルもある。

 深海から引き揚げることさえできれば、すべてうまくいく―。加藤教授がそう考えていたところに、2011年7月の発表を聞いた三井海洋開発が、すぐに協力を申し出てきた。

 三井海洋開発は海底の石油や天然ガスを採掘する企業だ。同社では、現在、FPSO(=Floating Production, Storage and Offloading system:浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)と呼ばれる設備を使って、洋上で石油・ガスを生産し、設備内のタンクに貯蔵。直接、輸送タンカーに積み出している。このFPSOをレアアース泥用に改良しようというのが、同社の提案だ。

 この方式であれば、FPSO船1隻につき1日1万トン、年間300万トン以上のレアアース泥を引き上げることができると、同社と加藤教授は見込んでいる。これは、日本の年間の需要の10%に匹敵する量だ。現行価格で700億円に相当する。「ジスプロシウムであれば、日本の年間需要の16〜18%をまかなうことができる」と加藤教授は豪語する。 船を10隻にすれば100%まかなえる計算になるが、10% で十分な理由は前述の通りだ。

時間の勝負に

 また、レアアース抽出後に残った泥は水酸化ナトリウムで中和して無害化し、南鳥島沿岸の埋め立てに使う。開発スケジュールとしては、1年目から3年目までの最初の3年間を建設期間、4年目を試運転期間、そして、5年目からを操業開始としている。初期投資の回収期間は、17年間弱と加藤教授は読んでいる。

 「時間が勝負だ。『国内でレアアースの入手が困難なのであれば、海外に拠点を移そう』と、中国に生産拠点を移す日本企業も出ている。そうなれば、日本の先端技術は中国に流出してしまうことになる。日本の存亡に関わる大問題だ」

 一方で、米や仏の動きも気になるという。2011年7月の発表後、さっそくタヒチ沖に排他的経済水域を持つ仏の大使館員が加藤教授にコンタクトを取ってきたからだ。

 「仏は海洋資源の開発技術、レアアースの製錬技術ともに高い。そのため、仏に先を越される可能性は十分ある。一方、米国政府も、レアアースは巡航ミサイルなど最新軍事技術に不可欠なため、ハワイ沖のレアアース泥の調査に乗り出していることは想像に難くない。仏や米に先を越されないためにも1日も早く『南鳥島レアアース泥プロジェクト』を軌道に乗せたい。しかしそれには、日本政府の全面的な支援、経済界からの協力などオールジャパン体制で臨むことが不可欠だ。ぜひ協力してほしい」と加藤教授は訴える。

nikkeibp.co.jp(2012-08-10)