クルマづくりの常識、大転換迫られる日本勢
考え方から作り方、売り方まで

 近づく「自動車1億台時代」。主役は先進国から新興国に代わり、クルマづくりの常識も大きく変わる。カギを握るのは環境、小型化、低価格への対応だ。競争力をさらに高めるべく、日本勢が動く──。

■HVも電気もエンジンも 燃費競争は「三正面作戦」

 「我々は世界2位メーカーとして環境対策に力を入れる」。ジュネーブ国際自動車ショー開幕前日の5日夜、独VWのマルティン・ヴィンターコーン社長はこう述べ、2015年をメドに新車の二酸化炭素(CO2)排出量を06年実績比で30%削減、1キロメートル走行時の排出量は1台当たり120グラム以下にするという「公約」をぶち上げた。

 環境=低燃費といえば、HVはトヨタとホンダが、EVは日産が先頭を走るなど日本勢の「お家芸」の領域だ。これに対し、15年に導入される欧州の燃費規制(1キロ走行時に130グラム以下)よりさらに厳しいCO2排出量クリアを目指すVWは、既存のエンジンの改良技術で挑戦状をたたきつける。主力車両に搭載を広げている最新ガソリンエンジン「TSI」はターボ機能を搭載し、少ない排気量で大きなパワーを確保できるのが売り物。排気量1400ccの新エンジンは2000cc級の従来エンジン並みの馬力を出せる。

 このエンジンを小さくする「ダウンサイジング」と呼ばれる手法が注目を集めているのは、「HVなどの電動技術が不可欠になるのは20年ごろ」(IHSオートモーティブ)で、それまではエンジンが主力であり続けるという流れが見えてきたからだ。日産の志賀俊之最高執行責任者(COO)も日経ヴェリタスのインタビューで、「しばらくはHV、EV、エンジンなど様々な規格が並列していく」との認識を示している。日本車もエンジンの改良をやめるわけにいかないのだ。

 「低燃費の日本車」の金看板を守り続けていけるのか。ダウンサイジングの発想を取り入れ、VWなどが地盤の欧州に攻め込むのはホンダだ。新開発した1600ccのディーゼルエンジンとターボを組み合わせ、年内に欧州向け「シビック」に搭載。「(業界で最も軽いとされる)独BMWの同クラスエンジンより7キログラム軽くし、燃費は確実に良くなる」(本田技術研究所)

 これを含む6種類のエンジンや新型の無段変速機 (CVT)を3年程度かけて新型車に全面採用し、「各カテゴリーで3年以内に燃費ナンバーワンを目指す」(伊東孝紳社長)。これほどの種類のエンジンを短期間で刷新するのはホンダでも初めて。開発陣を率いる研究所の三部敏宏執行役員は「(次の燃費規制の)20年まで戦えるベースの技術ができた」と自信を見せる。

 またホンダは、同社として初めて2つのモーターを使うHV技術を開発。米で年内に発売する「アコード」の家庭充電型のプラグイン・ハイブリッド(PHV)に採用する。

 そしてトヨタ。「これまでもHVで数々の挑戦を受けてきたが、結果は歴史が雄弁に物語っている。これから負けるつもりはない」(北米トヨタ自動車の稲葉良睨社長)。米で2月のHVの販売台数を前年同月比63%伸ばしており、ガソリン価格が高騰する中では、いずれ再び利用者の意識はHVに向いていく、という立場だ。

 HVで日本車は世界のベンチマークだけに、追い上げはきつい。米フォード・モーターは近く投入する中型車「フュージョン」に低燃費ガソリン車のほか、HVやPHVをそろえる。現代自動車は昨年6月に「ソナタHV」を発売。まずは日本勢が押さえる特許の壁を乗り越えた。傘下の起亜自動車も昨年12月、998ccの小型車の車体を使ったEVの量産を始めた。

■敵は「5000ドル車」 新興国の陣、同一規格は限界

 現代自動車の5000ドルカーが、ほこりっぽいインドの街中を走り始めた。現地の市場をリードするスズキ(証券コード7269)の「アルト」にぶつける車種として投入された「EON(イオン)」。研究開発(R&D)部門のスタッフがスズキ車を徹底分析し、「コスト削減や車体重量の軽減などを学んだ」(開発中だった2009年当時のインド法人首脳)という意欲作だ。

 価格は27万ルピー(約44万円)から。「流体デザイン」と呼ぶ外観で先進性をアピールし、若い購買層や初めてクルマを買う層を狙う。タタ自動車と2位争いする現代自動車が、台頭する中間層のど真ん中に直球を投げ込んだ。

 世界の新車販売に占める新興国比率は2009年に初めて先進国(日米西欧)を逆転し、20年に65%に達する見通し。年間3600万〜3700万台で頭打ちの先進国だけでは成長余地は限られる。

 問題は、一口に新興国といっても需要が多様な点だ。中国ではステータスシンボルとして大型乗用車が人気だが、インドは安価な小型ハッチバック車が主流。インドネシア攻略には3列シートの多目的車が欠かせないなど、求められる性能や価格が違う。自動車産業に詳しい早稲田大学大学院の小林英夫教授は「(先進国の売れ筋をそのまま持ち込む)グローバル・ワンスペックの考え方を変えないと新興国では競争できない」と指摘する。

 「Aランクを目指せ」。日産の山下光彦副社長(開発担当)は海外13カ所に散らばる開発部隊にハッパをかけている。各拠点をA〜Dの4段階に分け、高ランクの拠点ほど製品開発で大きい役割を担わせる仕組み。現地の開発能力を引き上げ、クルマづくりの現地化を推進する狙いがある。

 この取り組みの先には、現代自動車の5000ドルカーに対抗して価格50万円程度で投入しようとしている新興国向け戦略車がある。専用ブランドとして「ダットサン」の名を復活させる方向で、狙いはインド、ロシア、インドネシアなど。価格競争力を高めるため、部品もできるだけ現地調達する。

 ホンダの伊東社長は「地域にあった商品を現地で開発し、販売する時代」と話す。これまでは海外で売るクルマも本田技術研究所の四輪R&Dセンターで開発してきたが、「フィット」の次期モデルから、世界6極の拠点の要望を踏まえて共通部分を設計し、残りを各地域で仕上げるやり方を採用。ものづくりの総本山として強い権限を握る「聖域」に、あえて切り込む。

 11年のインド販売を前年比1.8倍に増やしたトヨタは、13年にさらに6割増を計画する。10年末に発売した低価格戦略車「エティオス」は「インド人になりきれ」が開発陣の合言葉だった。渋滞が多く使用頻度の高いクラクションの形状や配置、笑っているようにみえる車体前部のデザインなど、インドならではの仕様は101項目に及ぶ。セダン型の価格は49万9000ルピー(約80万円)と「カローラ」の半分に抑えた。

 現代自動車の5000ドルカーがスズキを手本にしたように、他社製品を分解するなど徹底研究して、そこから開発するリバースエンジニアリングの手法を、トヨタもためらわない。新興国での「仁義なき戦い」は激しさを増す。

■ネット世代の心つかめ ゲーム連動など仕掛け続々

 「最初は40〜50代でいい」。2月2日、トヨタが4月に販売するスポーツカー「86(ハチロク)」の発表会でこう語った豊田章男社長。かつてのクルマファンを呼び込む起爆剤にしたいとの思いだが、最後にこう付け加えることも忘れなかった。「リアルなクルマ体験は面白いと思ってもらえるネット世代にも期待している」──。

 若者にクルマを売る。そのために用意した仕掛けのひとつがゲームとの連動。86の実際の走行データを「プレイステーション3」のゲームソフトにつなぎ、画面上でリアルに再現できるというのが売りだ。昨年11月、東京モーターショーにあわせて開催したイベントは大勢の若者で盛り上がった。

 「トヨタ×プレステ3」の組み合わせは、大げさではなく、クルマの売り方そのものが大きく変わろうとしている象徴的な事例といえる。トヨタ幹部は「所得が伸び悩み、中間層の厚みがなくなってきた。若者にクルマが売れない現象は日本から他の先進国に広がる可能性がある」と話す。

 2009年に発足したトヨタマーケティング ジャパン(TMJ、トヨタ子会社)では、専任のマーケティングディレクターがモデルチェンジのサイクル全体を見据えて市場のすそ野を広げる策を練る。86の価格は199万〜305万円。数年後に中古車市場に出回れば、より若年層の手に届きやすくなるとの読みもある。年齢(所得)ごとに人気車種の傾向が出るのは今でもそうだが、日本勢がマーケティングでより年齢、世代を強く意識するようになってきたのは間違いないだろう。

 ベビーブーマー世代の子供に当たる30代前半までの「ジェネレーションY」が主流になりつつある米国では、さらに戦いは激しい。

 1月、あるデータが衝撃を広げた。米調査会社J・D・パワー・アンド・アソシエイツによると、「同じブランドのクルマを買い替えた比率」は現代自動車が64%でホンダ(60%)やトヨタ(58%)を抑えてトップ。現代自動車はここ数年、上位を占めていた日系2社を猛追。「ソナタ」や「エラントラ」などの売れ筋を投入して、ついに1位になったのだ。昨年投入したスポーツ車「ベロスター」では、はっきり「ジェネY向け」を打ち出すなど、移り気なジェネYをガッチリつかむ。

 対するトヨタも、2011年モデルの「カローラ」で、テレビコマーシャルに国産バーチャルアイドルの「初音ミク」を起用。「同じブランドに乗り続ける傾向が低い」「性能よりもスタイルにこだわる」という特徴があるとされるジェネYにイメージチェンジを猛烈にアピールし始めた。

 2月5日のアメリカン・フットボール「スーパーボウル」は、テレビCMも30秒枠の平均価格が350万ドルとされる世界最高レベル。1秒間で900万円に近い額だ。これに日米欧韓の主な自動車メーカーがこぞって出稿し、小刻みに流れたCMは「ミニ・モーターショー」の様相だった。トヨタ、ホンダ、日産は高級ブランドも含めて目いっぱいの露出。米自動車専門誌のCM採点ではホンダの高級ブランド「アキュラ」が最も高い評価を得た。

 スポーツイベントは若者の関心をクルマに向ける重要な切り口になる。サッカーW杯、オリンピックが相次いで開かれるブラジルでは、日産が露出を増やす。2014年に新工場を稼働させるのに加え、リオデジャネイロ五輪の組織委員会と公式スポンサー契約を締結。「マーチ」を中心にブラジルでの販売を急拡大させ、1月の市場シェアは3.1%と日本勢トップになった。

                     ◇

 小谷洋司、田口良成、尾島島雄(ソウル)、下田英一郎(フランクフルト)、杉本貴司(ニューヨーク)、遠藤淳、西岡貴司、山田健一、三田敬大が担当した。 [日経ヴェリタス2012年3月11日付]

nikkei.com.(2012-03-12)