ダイハツ、スズキの牙城に挑む
ホンダ軽自動車“再攻略”の衝撃

ホンダが軽自動車市場を“再攻略”する。長らく無風の競争状態が続いていた軽自動車市場だが、最後発ホンダの登場で競争環境は一変した。ダイハツ工業、スズキ、ホンダの三つどもえの戦いは熾烈を極め、国内乗用車メーカー8社を巻き込んだ場外乱闘に発展しそうな雲行きだ。

 「ターゲットにしていたダイハツ『タント』を抜いた。ホッとしている」(浅木泰昭・ホンダ四輪R&Dセンター主任研究員)

 3月6日、2月の軽自動車のブランド別販売ランキングが明らかになった。ダイハツ「ミラ」、スズキ「ワゴンR」に次いで、昨年12月16日に発売になったホンダ「N BOX(エヌボックス)」が3位に躍り出た。発売から2ヵ月で、計画値の2.4倍となる5.8万台の受注が殺到した。

 ホンダは、「N BOX」と同じプラットフォームを使用した「Nシリーズ」の2車種を今春、今秋に投入予定。相次ぐ新車投入で軽自動車市場を“再攻略”する。

 時計の針を巻き戻した5年前のこと、ホンダ上層部では軽自動車事業からの撤退をも辞さない大胆な議論がなされていた。既存車種「ライフ」「ゼスト」は伸び悩み、昨年の軽自動車販売台数では日産自動車に抜かれ4位に転落した。

 「リーマンショック以前は、高級車が売れており、ダウンサイジングの波は来ていなかった。ホンダの経営体力と相談すると、経営資源をハイブリッド車や高級車へ重点的に振り向けるほかなく、国内の軽自動車は手薄になってしまった」(峯川尚・ホンダ常務執行役員)と振り返る。

 そうこうするうちに、軽自動車事業の存続問題とともに、「国内生産体制の維持」が重大な経営課題として持ち上がった。

 2011年の国内新車販売台数は421万台、うち軽自動車の構成比は36.1%まで上がった。近い将来に、国内新車販売台数は400万台を割り込むが、軽自動車の構成比は高まり安定的に推移するとみられている。もはや、軽自動車生産を抜きにして、国内生産を守れない──。これが、ホンダが出した結論だった。

 軽自動車プロジェクトの全権を委ねられたのが、冒頭の浅木氏だ。F1エンジンや北米向けV型6気筒エンジンの開発といった、軽自動車とは畑違いのキャリアを積んだ。異色人事の背景には、既成概念にとらわれず、ゼロベースで軽自動車開発に取り組む、という経営側の意向があったのだろう。

 浅木氏のミッションは収益を取れる軽自動車を開発すること。さもなくば、「軽自動車撤退」が再び俎上に載せられる。技術陣の強いホンダでは珍しいことだが、一車種の開発者が、研究所、工場、営業のありようなど、車の生産から販売までのすべての業務を研究し尽くし、そろばんをはじいた。

 12月に投入した2車種は、軽自動車の中では“スペース系”といわれるカテゴリー。ターゲットは、「タント」、スズキ「パレット」で、全高が高く価格も高い。あえて、低燃費・低価格競争の激しい「セダン系」、ボリュームゾーンの「ハイト系」は避けた。確実に収益の取れるカテゴリーから攻めるためだ。

 自社内競合も恐れない。投入した2車種の価格は、「N BOX(124万〜158万円)」「N BOXカスタム(144万〜179万円)」で、登録車の「フィット(123万円〜)」「フィット ハイブリッド(159万円〜)」と比べても高い。排気量は小さくとも、自転車をそのまま載せられる車内空間の広さを提供するなど、他車種にない機能で訴求する。

 すでに、多彩な進化を遂げている軽自動車と、登録車との垣根は崩れている。今回、より収益性の高い登録車を売りたいホンダが、自らその垣根を崩して、本気で軽自動車市場に攻め込んできた。そこに、ホンダ軽自動車“再攻略”のインパクトがある。

低燃費・低価格は必須 無風の軽市場が乱戦に

 ホンダの追撃に対して、「彼らの存在が脅威であることは間違いない」と馬場建二・ダイハツ取締役専務執行役員は率直に言う。

 これまで、軽自動車市場は、ダイハツとスズキの2強が、生産台数の8割強、販売台数の7割を占めてきた。資金力、販売力の強いメーカー間で繰り広げられる登録車の競争に比べれば、競争環境は無風だった。だからこそ、「ホンダは“隣の芝生”が青く見えたのだろう」(馬場取締役)。

 ところが、今繰り広げられている軽自動車の覇権争いはかつてないほどに熾烈だ。

 最初に仕掛けたのはダイハツだ。昨年9月に、低価格モデルで80万円を切る「ミライース」を投入。新燃費基準でガソリン1リットル当たり30キロメートルの走行が可能で、低燃費・低価格競争に火を付けた。エコカー減税・補助金制度の再延長が決定したことも競争を煽った。

 先行するダイハツは、主力車種のほとんどで燃費基準をクリアしており、「ミラ」シリーズを筆頭にして販売台数を伸ばしている。

 挑戦者のホンダは、低燃費・低価格競争から一線を画しているものの、新車投入効果が大きく、日産を再び抜き3位に返り咲いた。あるホンダ幹部は、実燃費と乖離した燃費競争の行き過ぎに警鐘を鳴らすが、「売られたけんかは買う」(別のホンダ幹部)として、今秋に投入される第3弾の「Nシリーズ」は超低燃費車となる模様だ。

 目下のところ、ダイハツ、ホンダの奮闘ぶりにシェアを落としているのはスズキだ。それでも、営業部門を束ねる田村実・スズキ副社長はこう切り返す。「鈴木修会長にも販売を伸ばすようハッパをかけられるが、スズキは収益性を毀損してまで台数を伸ばす営業はしない。ダイハツのほうが販売台数は好調なはずなのに、スズキよりも収益性が低いのはなぜなのか」。

 11年度第3四半期決算では、国内事業の営業利益率で比較するとダイハツ4.5%に対して、スズキ5.1%。しかも、為替差損はスズキのほうが圧倒的に大きい。

「低価格のミライースの収益貢献度は低い。テレビCMに登場しているブルース・ウィルスのギャラは、『タント』や『ムーヴ』の収益から捻出されているはずだ」(自動車メーカー幹部)。田村副社長の指摘こそ、軽自動車市場で収益を上げる難しさを露呈している。

三つどもえの戦いが導く 8社体制の終焉

 軽自動車をめぐる三つどもえの戦いは、やがて、国内乗用車メーカー8社を巻き込んだ場外乱闘へ発展する公算が大きい。

 まず、軽自動車が主戦場となった場合に、「OEMビジネスが成立するか」(峯川常務執行役員)だ。8社が軽自動車の販売を行い、4社が生産を手がけている。トヨタ、日産、マツダ、富士重工業は他社製の軽自動車を販売している。軽自動車競争が激化すると、従来以上に商品力が試されることとなり、すでに協業関係の色分けがついたかに見えたOEM先の組み替えが起こり得る。

 次のステージとして、日系メーカーが覚悟しておかなければいけないのは、国内における登録車の販売・生産計画の下振れである。全需の拡大が望めない中で、軽自動車市場が加速度的に成長したならば、その分、登録車の販売台数は下振れする。国内生産比率の高い中下位メーカーへの打撃は大きく、8社体制終焉の引き金になりかねない。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 浅島亮子)

diamond.jp(2012-03-12)