『新幹線ガール』

 「私たちは変わります!前進します!」というキャッチフレーズのもと、JR東海パッセンジャーズはこの3月1日から新幹線で提供する弁当をヘルシーなものに変え、コーヒーの味もグレードアップした。「あっ、変わった」とすぐに分かるのは容器とキャップ。保温性を確保しつつ手に持っても熱くない容器素材に変わった。味もコクが深まって、よりコーヒーらしくなった。
 さて、新幹線といえば、車内でコーヒーや弁当、飲み物や土産品などを販売する新幹線パーサーは並みの社内販売とは違うようだ。何号車から歩くか、ワゴンやトレイに何を乗せ、どの位置に置くか、歩くスピードや声のかけ方、目配りや接客のやりとりなどで売上げの個人差は何倍にもなるだろう。
 たまたま、『新幹線ガール』(徳渕真利子著、メディアファクトリー刊)なる本が出た。全社900名の並みいる新幹線パーサーのなかで、弱冠22才のアルバイト採用の女性がトップに立ち、またたくまに正社員に採用された。そんな彼女自身が書いた本なのだ。
 “新幹線パーサーにすごい女の子がいる”との報に朝日新聞の「天声人語」が、彼女に取材を申し入れ、2006年8月13日号に次のような書き出しで彼女を紹介した。

 天声人語 (2006年8月13日)
 徳渕真利子さんが、東海道新幹線の車内販売のアルバイトを始めたのは、昨年1月だった。制服姿の写真を求人雑誌で見て、やってみたいと思った。父親の転勤で引っ越しが多く、何度も乗った新幹線が好きだった。12月には正社員に登用された。平均の3倍近い売り上げを記録したからだ。(後略)

 一人の無名の若者を紹介するだけの異例のコラムである。通常、16両編成の新幹線のぞみ号の場合、5名のパーサーが乗務する。ひかりは3名、こだまは2名。
・A車ワゴン(1〜7号車のワゴン)
・G車ワゴン(グリーンの8〜10号車ワゴン)
・B車ワゴン(11〜16号車ワゴン)
という編成になり、誰が何を担当するかもシフト表で決められる。徳渕さんが好きなのはA車ワゴン。自由席の車両があって、停車駅ごとにお客が入れ替わるからよく売れるという。
 彼女の高い実績は、天与の笑顔や働き好きの性格によるものかと思いきや、彼女の本を読んで衝撃をうけた。悩み多き普通の女の子なのだ。事実、最初の就職先では出社拒否して退職している。足がすくんでしまったという。今の職場も一般企業より離職率が高い。月に一度発表されるシフト表だが、急なシフト変更依頼がしばしばある。彼女は断ることなくすべて引き受けていくうちにがんばりすぎてしまい、休日はずっと寝ているような日々もあった。
 「私は何をしているのだろう。こんな毎日で良いのだろうか」と考えこんだ日も何度かあったという。だが、彼女は明るく克服していった。
 出勤時間の三時間前には必ず起きる。必ず行う朝の習慣は、顔の運動。ほっぺたを引っぱったり、口を大きく開けたりする。顔の筋肉が固まったままだと自然な笑顔がでないからだ。
 たしかに彼女の本の表紙は、まばゆいばかりの笑顔。書店でこの表紙をみかけた瞬間、手が伸びるというから、この本の表紙の貢献度は絶大である。
 毎日1100キロ移動し、泊まりもあるような激務なのに彼女は、「慣れれば、なんてことはありません。その辛さを超える醍醐味がこの仕事にはあるんです」と言い切る。こんな22才がいる職場って素晴らしい。
 新幹線の中でコーヒーを頼もうとパーサーを呼び止めたら、『新幹線ガール』の本が彼女の目にとまった。「あ、先輩です」とすこし誇らしげにパーサー。「ということはあなたは後輩ですね」と 何とも当たり前のことを言ってしまったが、22才の徳渕さんが先輩なのだ。本が出たことはまだ知らなかったらしいが、徳渕さんのことを尊敬しているようなまなざしだった。
 これから新入社員が入社する時期。『新幹線ガール』はそのお手本になるかもしれない。(がんばれ社長より)

☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜☆。.:*:・'★゜'・:*:

 以上のコラムを読んで、いつもと違う“さわやかさ”を感じた。それは何だろうと自問自答してみたが、22歳の若さ、文章から思い浮かぶ表紙の笑顔など並みの社内販売とは一味も二味も違うことのようだ。いろんなことが目まぐるしく変わる中で。

記:木田橋 義之(2007-07-10)