憧れのカラコルム山脈

 ホンダでの現役時代に行きたくなかった国の一つがパキスタンであった。パキスタンのイメージは、ひげ面の男が民族衣装のパジャマとネグリジェのようなシャルバールカミーズを着て銃を持っている姿である。この国民服を着て町の中、レストラン、工場の中でゆらゆら歩いている。工場の中でさえ、足には裸足にサンダルを引っ掛けこのスタイルであるから狭い作業場で回転部分に巻き込まれたり引っかかったりしないかと心配になる。

   

 その行きたくなかったパキスタンにボランティアながら年に2回技術支援という形で行っている。そのパキスタンの状況を含め憧れのカラコラム山脈へ行ったときの報告をしたい。

 パキスタンは90%以上の人がイスラム教徒でありながら、シーア派とスンニ派に分かれお互いテロ活動を行っている。滞在中も何度か爆弾テロに巻き込まれそうになった。ホテルに入るときには必ず車のボンネットとトランクを開けさせられフロアの下まで毎回チェックされる。また手荷物も探知機を通させてようやく自分の部屋に入ることになる。そのくらいチェックされていればかえって安心といえるが毎回となるとわずらわしい。パキスタンの北部の大地震のときも日程がずれていれば危なかった。帰国の途中タイへ回ってきたらクーデターで戒厳令がしかれホテルからの外出禁止になったり、結構危険な目にあっているが何とか間一髪で生き延びている。

 イスラム教徒は酒類を飲まないし豚肉は食べない。飲めない小生にとって何の苦痛もないが、酒なかりせば何の己の人生かの人にとっては地獄の国であろう。食事時に飲むのはコーラ、スプライト、ジンジャエールといった清涼飲料である。カレーとコーラなんと変わった取り合わせであるが、なれてくると辛いカレーにはコーラのチキチク感が合ってくる。

 またパキスタンの町の中ではなかなか女性を見かけない。ホテルでも会社でもレストランでも給仕は男性だし、たまに見かけると黒い布(ブルカと言うらしい)をまとい目だけ出した人である。顔が見えないのが残念だが目は大きく鼻筋が通っているのが見て取れる。

 人によると黒いかぶりものの下には派手な衣装を着ているのだという。 確かにホテルへ来る女性を見ていると、かぶりものをとったらこんな美人がこの町にいたのかとあっと驚く。

   

 パキスタンの工業は南のカラチ地区と北のラホール地区に分かれている。カラチは港に近いが砂漠地帯でもある。常に砂漠から飛んでくる微細な砂塵が舞っていて暑いし町自体埃っぽい。ラホールは昔シルクロードの分岐点でもあり歴史的建造物も多い。

 ホンダの4輪車を作っている工場もここにある(2輪車はカラチとラホールに工場を持っている)。ここは山に近いため緑も多く地理的な環境はいい。

 パキスタンの首都は北部にあるイスラマバードである。ブラジリアのように首都機能を集めるために都市計画された町である。いつもカラチ地区の企業とラホール地区の企業を支援している。世界有数の3つの山脈“ヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、ヒンズークシ山脈”が出会うパキスタン北部は登山家のパラダイスとして知られている。ラホールへ行くたびにカラコルム山脈の白い峰々が目に飛び込んでくる。

 世界の8000m級の山14座のうち5座もカラコルム山脈にあるのである(K2:8,611m,ナンガパルパッド:8,125m、ガシャーブルムT峰:8,068m、ブロードピーク:8,047m、ガッシャーブルムU峰:8,035m)。地元の人は6,000m級の山は名もない山として扱っている。カラコルムへは一度は行きたいと思っていた。
 うまく日程を調整してカラコルムの山々を見るチャンスを作った。当然歩いて見にいけるほど体力はないし時間もない。パキスタンエア(PIA)がイスラマバードからカラコルム山脈への遊覧飛行があるのを知って早速申し込んだ。料金は90分の飛行で10、500ルピー(約21,000円)である。2006年4月2日天候の安定している時期を狙って、ホテルのあるラホールから首都のイスラマバードまで車で4時間かけて移動した。山の気象条件が悪いと飛ばないこともあるが、飛ばなくてもどうせ休日暇な身である。

 飛行場について飛行の時間になってもなかなか搭乗の許可が出ない。やはり飛ぶ山の気象条件が安定するのを待っているのである。遊覧飛行に使う飛行機は8,000mの高度を安定して飛行しなければならないためボーイング737の150人乗りである。しかし遊覧飛行であるから窓から景色が見えなくてはならない。窓際の席だけしか客を乗せないので両側の窓席だけで最大でも50名の乗客である。ただし気になるのはボーイング737は機体損失事故109回 死亡者2923人、ハイジャック回数96回という数字である。

   

 なんとか昼近くになり山の気象条件も安定し飛ぶことになった。
 乗っているのは20人ほど3人がけシートを独り占めして窓の外を見据えている。パキスタン北部地震の中心地の上空を通り過ぎるとまもなく氷河が現れる。この氷河はインドを通過しミャンマーまで大きな弧を描いている。氷河は遠くから眺めると美しいが、実際は削り取られた岩と氷が入り混じってとても歩けるようなところではないらしい。当然クレバスも口を開けて隠れている。 飛行高度7,000から8,000mを保っていても山の高さが8,000m以上あるので飛行機は山と山の間を飛んでいくことになる。右窓側、左窓側と目の前に次から次へとピークが飛び込んでくるので飛行機の中で移動し写真を撮るのも忙しい。

 登頂するのにエベレストより難しく遭難者が多く別名“非情の山”といわれているK2、K2のKはインドの測量局がカラコルムの測量を始めたときに、無名の山にカラコルムのKを取ってつけた。K1,K2,K3,K4,K5・・・とあるがK2以外山は新たに名前がつけられたり、現地の呼び名がつけられたが、K2だけは測量番号がそのまま山名に残った。

 その他、サンスクリット語で“裸の山”言われ初登攀まで多くの犠牲者を出し別名”人喰い山“とも呼ばれているナンガパルバット、広い頂を持つブロードピーク、チベット語で”輝く峰“の意味を持つガッシャーブルム峰など8,000mを越す山々が次々と現れてくるのは圧巻である。文章ではかけないので写真を見てもらおう。

   
   
   

 欧州の最高峰がモンブランの4,807mであるアルプス山脈や、ロッキー山脈に比べても高さといいい、面積といいスケールの大きさが半端ではない。150人乗りの飛行機に20人程度の人しか乗っていないので自由に飛行機の中を歩き回れる。民族衣装を着たフライトアテンダントが食事のサービスをしてくれるが景色を見るのに忙しく食べてる暇はない。コックピットの中まで案内してくれる。真っ白い頂と広大な氷河が視界に飛び込んでくる。もしハイジャックされたらという心配事は何もかも忘れてしまっている。

   

 手を伸ばせば届きそうな距離まで飛行機が近づいてくれるのでもし登っている人がいれば見えるだろう。飛行場に戻ってくるとK2の写真の印刷された Certificate of Conquestの証明書を機長からもらいそして自分も頂上に立った気分になるのである。そしてまだまだ地球には我々の知らない、未知の世界があることを実感するわけである。

 旅の途中で見たこんなのあるのというパキスタンのトラックへの荷物の積み方をご紹介しましょう。トラックの巾を1m以上はみだし、さらに荷台後方1.5mはみだした荷物を積んで狭い道路を迫ってくる姿は恐ろしい。

   

 最後にパキスタンの夏は実に暑い40度は常に越している。特に砂漠地帯で年に数回程度の雨しか降らないカラチではシャルバールカミーズのように風通しのよい服は快適であろう。確認はしていないが、現地の人の言うには正式な着方として、シャルバールカミーズの下には男女ともパンツも含めて下着はつけていないとのことである。

記:伊藤 洋(2006-12-25)