運慶とミケランジェロ
===夢===

 「こんな夢を見た」で始まる作品といえば、黒澤明監督の『夢』を思い出す人が多いだろう。不思議な魅力をもつ映画だが、「本家本元」といえば、夏目漱石ではないだろうか。漱石の『夢十夜』に、「こんな夢を見た」から始まる十編の作品が収められている。その第六話が運慶(うんけい)の物語だ。

 鎌倉時代に活躍した仏師(ぶっし)の運慶。仏師とは、木彫りの仏像製作者を言う。“天才”といわれた運慶の代表作は、奈良・東大寺の参道に、国宝「南大門金剛力士像」だ。高さ8.4m、重さ約6トン、もちろん世界最大の木造仁王像であり、NHKのプロジェクトXでもその修復作業が取りあげられた。

 さて、漱石の夢では、その運慶が鎌倉時代から明治時代に舞い戻る。護国寺の山門で仁王を刻んでいるという評判を聞いた漱石が散歩がてら駆けつけた。鑿(のみ)と槌(つち)を自在にあやつり、堅い木を削って、厚い木くずを飛ばす。その瞬間に浮かび上がる怒り鼻の側面。どうにも無遠慮に削っているように見えるが、運慶には少しもためらいがない。その様子を見ていた若者が言う。
 「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あのとおりの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない。」
 それを聞いた漱石は急に自分も仁王が彫ってみたくなった。家に戻った漱石は、庭に積んであった樫(かし)の木の一番大きいのを選んで勢いよく彫ってみたが、不幸にして仁王は入っていなかった。その次のもダメだった。三番目にも仁王はいなかった。結局、漱石の庭に積んであった樫(かし)にはどれも仁王はいなかった。
 そこで、漱石は悟る。「明治の木にはとうてい仁王は埋まっていない。それで運慶が今日まで生きているのだ」と。漱石の夢はそこで終わっている。

 天才がたどり着く境地は洋の東西を問わないようだ。ルネッサンスが生んだ偉大な芸術家、ミケランジェロ。彼の代表作『ダヴィデ像』は、高さ4メートル34センチ、重さは何と19トンにもなる。たった一つの大理石からこの像を削り上げたミケランジェロ。その筋肉美や血管一本一本の躍動感にいたるまで、どうみても人間業ではないらしい。これを観た後生の芸術家はこう語る。
 「彫り出している姿を想像すると、ミケランジェロには大理石の中に完成像が見えていたのではないかと思う。中の像は外に出たがっている。ミケランジェロはそれを出してあげたのではないか。」
 何と、運慶と一緒ではないか・・・。

記:木田橋 義之(2004-10-27)