闘病日記

スキー同好会でスイス・ツェルマット地区へ行き、事故があったスキー2日目(19日)から日記がはじまります。

1月19日(月)晴れ
昨日と変わり快晴、やや風があるもこの天気ならとチェルビニ(イタリヤ)に向かう。雪良し、快調。国境を越えたところで風が気になりチェルビニ行きはアキラメて早目に引き上げる。
ガイドの佐々木氏が新雪を選んで滑ってくれる、快調。バンデットxxx(深雪用に開発されたスキー板名)が威力を発揮。気持ち良い。4〜5ヶ所滑ったか。フルックのリフト乗り場近くにきた所で除雪した雪(氷)の塊に激突大事故! 激痛でのたうち回る。柳沢、永野間さん達がかけつけ、パトロールを手配、ヘリが飛んで来た。手当てを受け始めたところで気を失う。ビスプ(Visp)セントマリア病院へ。

1月20日(火)
集中治療室。とにかく痛い。モルヒネでなんとか持たされている。気が付いた時JTBから手配された通訳のブルンネル淑美さんに会う。素晴らしい人でいろいろ状況を話してくれ様子が判った。ヘリで運ばれて来た時は重体で手術も必要かと云う状況だったらしい。なんとか乗り切れて、もう安心との事だった。日本にも連絡、あつみ(家内)が明日来るそうだ。腎臓,脾臓、損傷。肋骨5本骨折、肺に刺さり出血多量。輸血(2000cc)、スイスの血が入り国際化?点滴、痛み止め(モルヒネ),尿管、酸素吸入、排血ドレン、全身チュ−ブだらけ。永野間さんがズタズタに切られたスキーウエアーを持って来てくれた。彼は今日一日連絡やら作業で一人残ってくれたそうだ。ありがとう。

1月21日(水)
集中治療室。意識はかなりハッキリして来たがモルヒネの所為か朦朧としている。痛みもあまり感じない。あつみ(家内)が来た! 昨日JTBから連絡が入り、直ぐその夜10:00頃の便(俺たちと同じ)で飛んできた。一人で良く来れたもんだ。途中の乗り換えでは出迎えの人がいて上手く乗り継ぎをしてくれたようだ。 とにかく今回のJTB、AIU、日新の動きは素晴らしい。ただただ感謝です。夕方、永野間、柳沢、宮宅さんが来てくれ激励される。あつみは淑美さんのお宅にお世話になることになった。ただ今夜はみんなと同じPOLLOXホテルに泊り一緒に会食をするそうだ。

1月22日(木)
集中治療室から個室へ!。いよいよ個室に移動する。初めて身体を動かす。ほんの少しだが動いた。大きな部屋だ。窓一面に雪山が見えます。『スイスには2000m以上の山が4000以上あります。2000m以下の山は山と云いません。私は丘の名前まで勉強していません』通訳の淑美さんのセリフです。名も無い丘はキレイです。まだ動けないので点滴だけです。口はカラカラ苦しい!。夜電話が入る。永野間さんたちです。森山さん、柳沢さんの激励をうける。Fumiさんがみんなで寄せ書きしたから明日の帰りにビスプ(Visp)の駅で渡したいと云ってくれた。川越にTEL。裕美(娘)親娘が川越の家に来てくれてます。ポテトの世話と留守番です。ありりがとう。

1月23日(金)晴天
ビスプは殆ど雨が降らないそうです。1年のうち300日は晴れだとか。今日も良い天気、病室から見える山々がキレイです。食事が出ました。ビックリ5日ぶりくらいの食事なのに普通食です。とても食べられません。日本ではおかゆでしょう!。リハビリのトレーナーが来ました。呼吸のトレーニングを始めました。腕を上げての深呼吸。ボトルに水を入れてストローで吹く練習。
今日は入り口のドアーまで歩行の訓練。まだトイレも自分で出来ません。こんな始末もやって貰ってます、情けない。W.S.A.(スキー同好会の別称)のみんなは今日帰国です。あつみがブリーク(Brig)の駅まで見送りに行きました。みんなで書いた寄せ書きを受け取ってきました。さっそく部屋に貼り眺めています。涙が止まりません。心配かけてしまいゴメンナサイ。

1月24日(土)晴れ
今朝は室内にある洗面所まで歩き、洗面、洗髪、髭そりをしてみる。気持ちが良い。看護婦さんが身体を拭いてくれた、最高。朝、昼、晩と痛み止めのクスリを飲む。モルヒネもまだ続きます。トレーナーのメラニーが張りきっています。呼吸のトレーニング、足の上げ下げ。今日初めて院内を半周、歩行の訓練です。張り切り過ぎてあつみが来た(9時)時少し気分が悪かった。気分が悪くなるのはモルヒネの所為らしい。昼食はあつみが作ってきてくれたおかゆと梅干です。美味しい。淑美さんが来られないのでガイドの岩井さんが来てくれた。病院で不自由しているだろから行ってやってくれと頼まれたそうだ。助かります。彼女はこの辺のボスらしく、岩井さんたちみんな世話になっているようだ。

1月25日(日) 晴れ
今朝は気分が良い。朝食もパン、クラッカーを半分食べるも相変らず食欲無し。永谷園のスープを飲む旨い! 朝の洗顔、髭剃り、トイレ一人でやらされる。昨日まで手助けしてくれたのに。あつみと院内歩行訓練。夕方淑美さん夫婦が来る。今日は休日なので近くのスキー場に行って来たそうだ。自宅から2〜30分のところに2〜3ヶ所スキ−場があるらしい。すっかり話し込む。彼女には息子さんが二人いるそうです。上の子は現在東大に留学中で電気を専攻。下の子はチューリヒ大学で数学を専攻しているそうです。旦那のペーターさんは水道工事をやっているが、元々は建築家だそうだ。急須を持ってきてくれ日本茶をご馳走になる。夕食はおかゆと梅干、日本茶でグ−。永野間さんから電話(日本から)。みなさん無事に着いたとか。こちらの様子を話す。明日院長回診があるのでそこで退院の目安がつくはずですと。

1月26日(月)雪
珍しく今朝は雪です。朝から調子良くない。気分が悪い。痛みはあまり無いのでモルヒネの量が減らされる。 9→7→5mgと減らし今度は3mg/hになった。あまり続けられないそうだ。院長回診です。院長の話では状況は順調。退院は来週の予定と云うことだった。かなり早い退院になりそうです。1〜2ヶ月で元の身体に戻るそうだ。良かった!。あつみは今回いろいろ経験しています。一人で回数券を買いバスや電車を乗り降りしています。時刻表を見ながら毎日通って来ます。凄い!。お昼は淑美さんが持ってきてくれた日本食。輪島塗のお重にこんぶとしいたけの煮付け、玉子焼き、白菜の漬物、そして味噌汁。本当に美味しい。淑美さんのところに柳さんや伊藤さんたちからメ−ルがドンドン来ています。事故当時の写真も送られてきました。ビックリ!。淑美さんの友人で滋賀大学の教授で奥野さんと云う方がいるがその人の奥様が臼杵さんの義姉さんらしい。世の中狭いんですね。話題が尽きません。

1月27日(火)雪
今日も雪です。淑美さんがあつみをツェルマットに連れていってくれる予定だったが明日に変更。今朝は気分が冴えない、むかむかする。クスリの所為か。朝食も手つかず。9時頃あつみが来た。そうめんをゆでて持ってきた。口が不味いので嬉しい。旨かった!。歩行練習、院内を2周する。気分もだんだん良くなる。あつみが近所のマックでハンバ−ガ−を、COOPでバナナとオレンジを買ってくる。アネッツ(看護婦)が6時頃来てこれから背中の痛み止め(モルヒネ)を抜くと云ってきた。尿管と点滴は明日抜くらしい。急転直下進展しています。淑美さんからTEL。病院に確認してくれたそうだが退院は2/1以降ならOKとの事でした。病院の費用も全額保険会社が出すそうです。心配!川越からTELがあったけど咲希ちゃん39℃も熱があるらしい。インフルエンザかなぁ!

1月28(水) 晴れ
今朝尿管と点滴のチュ−ブを外しフリーになりました。さっそくトイレに行きましたがノープロブレム。肋骨の痛みがまだあり快適では無いが大分楽です。昼食は相変らず凄いです。今日はステーキ、まったく手が付けられません。インスタントのなめこ汁とバナナで終了。メラニ−(トレーナ)が久々に来て歩行練習。階段の登り降り、これからこれが日課になります。あつみがツェルマットから帰って来ました。『マッターホルンが見えたよ!』と云ってました。ゴルナグラードまで登って大感激です。良かったねえ! ツェルマットでおみやげを一杯買って来ました。あなたはスイスに何しに来たんですか?永野間さんからTEL。裕美(娘)からお礼のメールが送られてくるので様子が判ったとか。良かった、良かった。咲希ちゃん熱下がったらしい。39℃もあり心配したけど良かったね。

1月29日(木)雪
朝から調子が悪い。朝食も手付かず。それにしても痛いです。あつみがおにぎりを作って持ってきた。美味しい。淑美さんのところに世話になり本当に助かってます。帰国の便が決まりました。
2/3(火)スイス航空 168便 チューリヒ発 13:05
2/4(水)          成田着    8:55
あつみと階段の登り降り、少し歩行の練習もしないと。帰国に備えて身体を慣らす。尿管が外れ楽になったが起きての小便が大変です。夜中も起きて行かねばならず、前立腺肥大で出も悪い。

1月30日(金)快晴
素晴らしい天気です。窓から見る朝焼けの山が美しい。昨夜は夜中に胸が痛みクスリを貰う。どうしたのかな。今朝までずーっと痛かった。もう大分日数が経つのだけど痛みの解消は遠い。昼頃痛みも薄れて来たのであつみと病院の外へ出てみる。近くの教会を眺めながらちょっと散策。気持ちが良かった。

1月31日(土) 快晴
朝は相変らず調子が悪い。とにかくすっきりしない。背中も痛い!。今日はお昼を淑美さんに招待されました。ペーターさんの迎えでブルンネル家へ。素晴らしい家です。建築家なのでペーターが自分で設計して施工したらしい。玄関を入ったとたんあっ!と云う感じ。日本家屋の雰囲気をかもし出した見事な造りでした。それにしても7000万掛かったそうだが高いですねぇ! 120年償却ですって。早速昼食
    前菜 かにかま、魚のそぼろ煮、野菜の煮物
    煮物 大根と鶏肉の煮付け、さやいんげん
    ご飯 五目寿司・・酢の具合が最高
    吸物 赤味噌仕立のねぎの味噌汁
    漬物 なす、きゅうり、大根
    デザ−ト ゆず羊羹
お寿司と大根の煮付けをお代わり、ちょっと食べ過ぎました。満足、満足。ついでに淑美さんのパソコンを借りて柳さんにメール。パソコンって便利ですねぇ。

2月1日(日) 快晴
とうとう2月に入りました。体調もかなり良くなり帰国の自信がついてきた。帰国を前にビスプの駅まで散策しました。約1kmはあるかな、スイスの町並みを眺めながらゆっくり駅まで。あつみが半月も通い続けたところです。記念撮影をする。近くのマックでハンバーグ&コーヒで休憩。夕方淑美さんたちがスキ−の帰りに寄ってくれました。明日院長回診なので聞く事があれば確認しておきたいと云ってくれた。ありがとう。

2月2日(月) 晴れ
院長回診です。まず問題無いとの事でホットする。肺機能 ほぼOK、下部に若干血液が残っているが吸収してしまう。腎臓  一番損傷が大きかったが尿の出も良く機能的には心配ない。脾臓  出血があったが今は問題無し。後遺症も無さそうです。1〜2ヶ月で回復するでしょう。今日もう一度CTを取ります。あつみが処方箋を貰って町の薬局に薬を買いに行きました。なんとかやれるんですねぇ。永野間さんからTEL。成田のタクシ−も準備してくれました。AIU(保険会社)、JTBの対応は抜群でした。病院の手配、通訳の手配、家族の渡航手続き、帰国の手配、航空機(ビジネス)、車椅子、タクシ−、とまったく非の打ち所がありません。保険の凄さと有り難さを今度ほど感じたことはありません。

2月3日(火)曇り
とうとう帰国です。AM7:00車が来ました。有り難うございました。ダンケ!メルシー! サヨウナラ! ファビアン、アネッツ、イザベル、メラニー、ありがとう。フィスプ(Visp)の町 サヨウナラ。約3時間でチューリヒ空港へ到着。途中カートレインと云う珍しい乗り物にも乗りました。車に乗ったまま列車に乗ります。 飛行機は予定通り出発。ビジネスはやっぱり快適でした。食事もスイス航空なのに日本食が出てきました。寿司、おそば美味しかった。

2月4日(水)晴れ
予定通り成田到着。約15時間の旅、無事日本に着きました。成田にも迎えの車が来ていました。快調に走り無事川越に(12;00)。まずはひと休み。メールが沢山きています。W.S.A.のメンバーから続々激励のメール。まず帰国の報告をする。久しぶりに家族で夕食。寄せ鍋の旨い事! ゆっくり風呂に入ります。

みなさん長い間本当にご心配お掛けしました。おかげさまでなんとか日本に戻ってまいりました。ありがとうございました。この後2/10に川越の赤心堂に入院し、2/23に退院して現在自宅でリハビリを続けております。自宅はやっぱり良いですね、大分楽になりました。まだ少し時間が掛かりそうですがあせらずじっくりと静養する積りです。

記:島田 正博(2004-02-29)