マッターホルンに魅せられて

 今年もまたスイスの魅力にひかれて、ツエルマットへスキーにやって来た。昨年訪れたグリンデルワルドからわずか2時間半くらいの距離である。

 ツエルマットと言えば、なんといってもアルプスの象徴マッターホルン(4478m)であろう。槍の矛先のように尖った山頂はどこから見ても目立つし絵になる。

 右の写真はツエルマットの町から朝の8時ごろ頂上に朝日があたる瞬間を写したものであるが、一般的に「マッターホルンの形とは?」と聞かれたら思い出させる姿ではないだろうか。

 マッターホルンには東西南北の岩壁があるが最も美しい姿は北壁と東壁の見えるツエルマットからであろう。数字的に現すと北壁対東壁の割合が7対3位が堂々と落ち着いて安定して見える。ナイフで削りとったような稜線の荒々しさもくっきりと見える。時間、気象条件により色々と違った顔を見せる山ではあるが、スキーを楽しみながら、限られた日程の中で場所を変えて写したマッターホルンを添付してみるが、皆さんどう感じるであろうか。

 右の写真はスネガ地区から写したものであるが、北壁と東壁の割合が6対4位になってきている。山の形全体が見通せるもののマッターホルンの特徴であるくちばしのような先端のオーバーハングがハッキリせず迫力に欠けてくる。スネガ地区はツエルマットのスキー場の中でも風が少ない地域でもあり、サンデッキに出て日向ぼっこをしながらホットワインを飲んでいる姿をよく見かける。気温はマイナス5℃位であるが大陸性気候であるため上空以外風が少なく、帽子や手袋を取って外で食事をしても寒さを感じない。ヨーデルでも歌いたくなる気分になる。

 マッターホルンに近づくにつれて、北壁は少しづつ消えていく。100%東壁が見えるトロッケナーシュテークの展望台からはまったくのっぺりした山容に変わってくる。正三角形の姿をした岩山であり登頂への一般ルートである北東壁の傾斜がよくわかる。

 日陰になっているところはテオドル氷河でグルーミングされていないところにはクレバスが隠れている。氷河に積もった雪の上を滑るので、地面からの温度の影響を受けない雪質は非常に軽く安定している。氷河の上はガイドと共に新雪の中を滑ったが実に気持ちのよい場所である。

  この下にあるフルグという場所へ行く時に新雪を滑っていて一寸した事故が起きてしっまったが、このことはそのうち本人から情報提供がある事と思う。

 ツエルマットからロープウエイを乗り継いでいくとクラインマッターホルンへ着く。標高3820mであるから富士山より高いことになる。この裏側がイタリアのスキー場チェルビニアである。南斜面にあるイタリアらしい明るい広大なゲレンデである。今回は昼頃から風が強くなってチェルビニアの町までは降りることは出来なかったが、4分の3くらい下ったレストランでイタ飯を食べてスイス側へ戻ってきた。イタリア側から見たマッターホルンは、スイス側と違って双耳峰のようでもあり、ごつごつした岩山である。一見マッターホルンはどこに消えたのかと思うくらいである。

 シュバルツゼーまでロープウエィで行きTバーリフトでヘルンリへ行くと最もマッターホルンへ近づける。見上げるようにしないと全体像がつかみにくいほどである。遠くから見ていた時とは違って覆い被さってくるような迫力がある。

 登頂の基地となるヘルンリ小屋が目の前にあるが素人目にはすぐにでも行けそうな気がする。しかしここからでも500m以上の標高差を北壁側から登らなければ行けない。

 登頂したガイドの話であるが、ヘルンリ小屋まで往復5時間かかる。ヘルンリ小屋の上にあるソルベー小屋まで3時間以内でたどり着かないと登頂は諦めて下山しなければならないらしい。ガイドが付いたり固定鎖、はしごがかかっていてもそう簡単に登れる山ではない。いつかせめてヘルンリ小屋までは行きたいと思いルートハンティングのためしっかりとカメラに収めてきた。

 山はよく表情を変える。右の写真は写しているところではまったくの無風状態であるが、上空では風速40m以上の風が吹いているだろう。穏やかなマッターホルンも近づきがたい威厳を示している。

 ツエルマットへくる前までは毎日、インターネットで現地の天気を確認していた。1月のこの時期はまだ安定した晴天続きではなく毎日変化していた。5日間滞在なら悪くて2日晴れ、3日雪の天気か、良ければ3日晴れ2日雪と予想していたが良い方に傾いてくれた。しかも雪が降っていたときもアルプスの新雪が楽しめたことを思えば雪の日もまた楽しかった。

 5日間のツエルマット滞在でマッターホルンを被写体にしたり背景にした写真は50枚あった。150枚写したうちの3分の1が写っている事になる。一人当たり平均20枚程度マッターホルンを写しているとすると、年間の観光客数が200万人であるから年に4000万回モデルになっていることになる。いくらスーパーモデルでも4000万ショットも写されることはないだろう。このような超スーパーモデルを抱えたツエルマットは自然な温かさで観光客を向かい入れてくれる。環境にも早くから気を使い、街並みは多少近代化されても、交通機関は排ガスの出る自動車をシャットアウトし、電気自動車と馬そりである。

 山岳環境破壊に対しても、日本の山小屋はポットントイレが普通であり、持ち帰り運動が最近叫ばれているが、ツエルマットでは、周辺のケーブルカーや登山電車でアクセスできる場所は全て上下水道が完備している。ゴルナーグラードの3130mにある山小屋も全て水洗化され高低差1485m下ののツエルマットで処理されている。泊り客は都心並のサービスを期待できる。これが全世界から観光客がやってくる理由でもあろう。

 スキー場の設備も年々良くなっていることを実感した。30年前にスキーでこの地を訪れた時はスネガ地区とゴルナーグラード地区をつなぐロープウエィがなく一旦ツエルマットまで戻って登山電車に乗って移動したが、今は谷間にガント駅が出来て各地域に自由に滑り込むことが出来るようになっていた。またイタリア側に行くには、トロッケナーシュテークから長さ3.6kmと1.6kmもあるTバーリフトを2本乗り継いで行かなければならなかったが、3883mのクライネマッターホルンまでロープウェイが設置され、Kさんの嫌いなTバーリフトに乗らなくても行けるようになっていた。

 リフトも氷河の上に支柱が立てられる技術開発がされ、Tバーに取って代わって輸送の手段として観光客をより快適に、安全に早く移動させられるようになっていた。

 WSAで海外スキーの計画は今年で3回目である。参加者は年金族20名(最高齢74才)でリピーターが殆どである。魅力があるのだろう。何しろ日本のスキー場とはスケールが違う。日本の苗場スキー場と比較したデータがあるが、苗場の標高差920m、最高地点1789m、最長滑走距離4kmに対して、2200m、3820m、15kmと広大である。最高地点まで行けばスイスとイタリアの国境になる。パスポートを持参で2国間をまたいでスキーが出来るとは日本では絶対に考えられない。5日間もスキーをすれば日本の2〜3年分くらいのスキーをやった気分になる。

 山々の雄大さは当然の魅力であるが、分かりやすい標識、志賀の焼額から奥志賀へ行く時の不便さを感じたことがあるだろうが、縄張り争いのない、お客様を大事にしたスキー場の連絡のよさも引きつけるのだろう。スキーに疲れたらサンデッキでマッターホルンやモンテローザを眺めながらワインやビールを飲む、これまた極楽である。

 街並みや村の中央にある教会も自然に溶け込んで心を和ませてくれる。今は使われているとは思えないがネズミ返しのついた小屋などは実にこの村に良く似合う。

 多少のトラブルはあったものの天気にも恵まれ、実に優雅で心の洗濯が出来た海外スキーであった。

 本場アルプスにはまだまだ滑りたいスキー場がある。ジュネーブに戻る時に見たレマン湖に映る夕日も、来年の来訪を期待しているようであった。

記:伊藤 洋(2004-02-10)