今なら話せること

 筆者は30余年、研究開発を中心に仕事をしてきたが、中でもロボットコントローラの開発に携わった期間が最も長かった。スポット溶接用ロボット(以下SR)を手始めに、車組用AFRロボット、抵抗溶接/車組用の新型NSR/NARコントローラ、電動のESコントローラ、新型電動のNES等々よくもこれだけやってきたと思う。
 そこで今なら話せるSRにまつわる逸話を紹介しよう。開発からこれが生産設備として導入され、10数年経過して引退するまで話題豊富である。余談だが筆者は32年間Hondaに勤め最後の数年はかなり痛んでしまったが、それでも設備の3倍くらいは頑張れた。設備も学習機能や予知保全などで陳腐化を防ぎ30年くらい稼動できるとよいと思う。

 話の前にHondaで最初にロボットを製作所に導入した先人に敬意を表さなければならない。当時生産設備とはメカストッパで位置を決めてから仕事をさせるものと考えられていた。
 そこにロボットが登場、サーボという馴染みにくい制御で動作させ途中で止まってひと仕事し、終わるとまた次の何の印も無い所で止まり仕事をし、また動くということを繰り返す。中には止まっているときに今にも飛び出しそうな感じで震えているやつもいる。そういうロボットを生産の場に認知させるのにたいへんな努力をしたと聞く。

 では早速、話を進めよう。
@パスワード
 SRはマイクロプロセッサを使いソフトウェアで制御を行った。そのソフトウェアにはロボット制御とパラメータ設定モードがあり、設定モードにするときはパスワードを入力する。そのパスワードは特に規定がないので通常は自分の生年月日や職番を使ったりしたが、中に婚約者の名前にした者がいた。この話はあまり面白くなかったかな?
A遅延動作
 SR開発の最終工程は製作所へモニタに出して量産での使い勝手やタフネスさの確認を行う。その場合、既存のロボットに対しモニタ用ロボットのサイクルタイムが長くなることはダメなのはわかるが、短くなってもダメと言われ、モニタ機だけの処置として打点位置到着ごとに数10msの遅延時間を入れた。もちろんモニタ終了後は遅延時間を取り除くことにしていたがモニタ実績重視のためそのまま量産コントローラに移行してしまった。
 数年後、製作所の担当者から最小限の設備投資でロボットのサイクルタイムを短縮したいが良い方法はないかと相談され、チャンス到来と遅延時間を取り除き0.5〜1s短くした。結果、数1000万円の設備投資を行ったのと同等の効果が出たと言って感謝されたが最初からやっておけばと複雑な気持ちだったことを今でも思い出す。
Bソフトウェアのゴミ
 SRは全部で3,000台ほど作ったと聞いているが既に相当数が導入されたころの話しである。ティーチング中に軸移動操作しメカエンドまで動かしたところ突然、逆方向に暴走したというトラブルが発生した。原因はソフトウェアのバグ(間違い)であった。SRのソフトウェアは軸移動操作すると、ロボットの移動とともに現在値が変化しメカエンド値と一致すなわち「現在値=メカエンド値」になると止めるようにしていた。ところがメカエンド値を記憶しているメモリの使っていないビットがゼロであることを前提にしていた。しかしコントローラの出荷検査用のメカエンド値にいつからかゼロ以外の値(ゴミと称していた)が入っていたため演算結果は「=」にならず暴走したことがわかった。
 対策済のソフトウェアを持ち製作所の責任者に「メモリにゴミが入ったため暴走したが原因は究明され対策は万全です」と説明したところ、さらに深刻な顔になったのでよく聞いてみるとラインの塵埃もメモリのゴミの原因になる? と心配されたことがわかり以後はうかつにゴミなどという誤解を招く言葉は慎むようにした。大切なことは専門外の人でも十分理解できる言葉で話すことである。

 ほかにも位置修正機能、油圧入/切スイッチ、温度ドリフト補正機能やノイズ対策などたくさんあるが 紙面の都合でまたの機会に譲りたい。

《追記:EG技報「第10号」掲載原稿を転載。》

記:近藤 正英(2002-10)