残される人への心遣いと準備

 誰しも、自分が死んだ後のことなど考えたくもない。だから、「残った家族が、後のことは適当にやってくれるだろう」などと、気楽に考えてはいないだろうか。最近は、“その適当に”がなかなか難しいのである。きちんと意志を示しておかないと、愛する家族が大変な思いをすることもある。今回は、相続について考えてみよう。

 誰に相続権があるのか
 どんなに仲のいい夫婦であっても、同時に寿命を終えることはできない。どちらかが残されるわけで、残された側の人生はその後も続く。共に人生を重ねてきたパートナーが自分の亡き後に苦しい状況に追い込まれるようなことは避けたい。では、どんな準備をしておくべきなのだろうか。

 私がシニアライフアドバイザーの資格を取るために受講した講座の中で、特に印象に残っているのが相続の話である。それまで、「相続や遺言なんて、財産のたくさんある人の問題だから、自分には関係ない」と思っていたが、それ以来、考えを改めた。

 遺言がない場合の相続は、子供がいる場合、配偶者が遺産の1/2を、残りの1/2を子供が均等に相続する。しかし、問題なのは子供がいない場合である。子供がいないから、配偶者が全財産を相続できるかというと、そうではない。

 少しでも資産があれば遺言書
 もし、親が存命な場合は、全財産の2/3分だけが配偶者の分で、残りの3分の1は親にも相続権がある。また、兄弟姉妹がいる場合は、配偶者の相続分は3/4となり、1/4は兄弟姉妹に権利がある。

 親兄弟が理解を示して、全財産を配偶者に譲ると言ってくれればいいが、中には当然の権利として要求する人もいる。講座で講師が「こうした例は決して少なくない」と、何度も繰り返して説明していた例はこうだった。

 夫が亡くなって、自宅である不動産と預金を相続したと思っていた妻。ある日、突然、夫の兄弟が財産相続権を主張してきた。それは当然の権利だという。しかし、兄弟に渡すほどの現金は手元にはない。仕方なく、妻は住んでいた自宅と土地を売り、その中から払うことに。夫との思い出の家を手放し、老後は借家住まいという気の毒な状況になってしまった。

 この場合、夫がきちんと妻に全財産を譲るという遺言書を残しておけば、妻はつらく寂しい晩年を送らずに済んだのである。なんと、うかつな亭主だろうか。

 遺言書がないと、子供たちの相続にも問題が起きる可能性がある。たとえば、財産が不動産や株、貴金属など多岐にわたっている場合は、均等に分けるといっても、誰がどれをもらうかという難しい問題が生じる。

 そもそも、どこにどんな財産があるのか、本人しか知らないかもしれない。だから、どれを誰に相続させるかまで記述した遺言書を用意しておくことが必要だ。

 預金は配偶者でも引き出しできない
 私ごとながら、わが家は父が遺言書を残さなかったので、法定相続に則ったが、子供4人は全員相続権を放棄し、母が全財産を相続した。といっても、財産のほとんどは父と母が買った土地と家。子供が今すぐ遺産をほしいと言ったら(言うわけはないが)、とんでもないことになる。こんな資産とはおよそ無縁のような家でも、司法書士の手を煩わせることになったのである。

 ちなみに、死亡した人の銀行預金は配偶者だろうが、子供だろうが、勝手に引き出したり、解約したりできない。銀行によって多少異なるが、生まれたときからのすべての戸籍謄本と、相続人が相続したという書類などが必要である。この“生まれたときからのすべての戸籍謄本”を揃えるのが、また大変なのだ。銀行は簡単に預金口座を作ってくれるが、容易には解約に応じないということを知っておいたほうがいいだろう。

 相続に話を戻すと、独身者も同様の準備が必要だ。前にも紹介したことがあるが、団塊世代の独身者は18%もいる。子供がいれば、もちろん、全財産は子供が相続する。子供がいなくて、親兄弟も亡くなっている場合は、甥や姪に相続権がある。法定相続に則って分配してくれればいいと思っているかもしれないが、よくしてくれた甥や姪だけでなく、ほとんど会ったこともない甥や姪にも均等に財産が行く。やはり意思表示はしておきたい。

 相続する場合は、プラスの財産だけでなく、借金や負債などのマイナスの遺産も相続の対象となる。借金の方が多い場合は、相続放棄をしないと大変だ。また、限定承認といって、プラスの財産の範囲でマイナスの財産を引き継ぐという方法もある。妻子には、万一の場合、そうした方法があることを知らせておくことも必要かもしれない。(松本すみ子=アリア/シニアライフアドバイザー)

nikkeibp.co.jp(2008-03-18)