震度7の建築経済学
「耐震格差」が広がるプレハブとマンション
姉歯事件の反省は生きたのか

 2005年11月17日。国土交通省は姉歯秀次氏の耐震偽装事件を公表した。それから、まもなく1年になる。住宅業界は事件から教訓を得て、「地震に強い住宅」を実現させるために「しゃかりき」になっているのだろうか。しゃかりきとは、夢中になって取り組むこと。

 意外なことに、マンションデベロッパーからは「しゃかりき感」が余り伝わってこない。ごく少数、耐震等級2を標準仕様にしているデベロッパーもあるが、大多数は最低レベルの耐震等級1どまりだ。

 これに対して、「しゃかりき感」にあふれているのが住宅メーカーだ。大手メーカーの間では、今や「耐震等級2・等級3は当たり前」で、「耐震等級1だと遅れている」と受けとめるぐらいの高いレベルに達している。大手だけではなく、中堅メーカーの間でも、耐震等級2・等級3に向けてがんばっている会社が少なくない。

 耐震等級とは、「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」で定めた、「住宅性能表示制度」の中に用意されたメニュー。

 耐震等級1:建築基準法と同レベルの強度
 耐震等級2:建築基準法の1.25倍の強度
 耐震等級3:建築基準法の1.5倍の強度

 要するに、耐震等級1は法律で定める最低限のレベルで、等級2、等級3とレベルが上がるにつれて、耐震強度にゆとりが生じることになる。等級3が最高レベルだ。

 姐歯事件と云う「好機」を捉え損なう

 耐震等級1の住宅が大地震に襲われるとどんな被害を受けるのか。阪神・淡路大震災(1995年)を例にとると、住宅メーカーが建てた耐震等級1レベルのプレハブ住宅では全半壊したものはゼロだった。つまり、大地震によく耐えた。これに対してマンションは、1981年以降に建設され耐震等級1レベルを確保しているはずの物件でさえも、全半壊が51棟に達し、地震後にそのうちの11棟が建て替えられている。

 しかし、阪神・淡路大震災から10年以上経って、耐震等級2あるいは等級3へと耐震性が大幅に向上したのは大地震によく耐えた「優等生」、極端に言えば何もする必要がなかった大手メーカーのプレハブ住宅だった。その一方で、少なくない被害を出し、要改善項目という「宿題」を突きつけられたはずのマンションは、依然として大多数が耐震等級1レベルどまり。かえって差が開いてしまったのだ。

 常識的に考えれば、姉歯事件はマンションデベロッパーがこの差を縮める絶好の機会だった。多くのデベロッパーが建設現場の公開、構造説明会の開催に力を入れるようになったのは確かだし、品確法の住宅性能表示制度を利用する会社も増えてきた。しかし、肝心の耐震等級のアップという面ではほとんど変化がなかった。すなわち、阪神・淡路大震災に次ぐ2番目の好機をとらえ損なってしまった感が深い。

 姉歯事件がほぼ一段落した2006年の春に、住宅専門紙に次のような趣旨のコメントが掲載された。「業界としては耐震等級1で十分。等級2だと過大設計になる」。発言者はある大手デベロッパーのトップだ。

 確かに、建築基準法に従った耐震等級1なら法令遵守のコンプライアンス経営をしたことにはなるのだが、地震国ニッポンで住宅産業に携わる経営者がこんな能天気な発言をしてもいいのだろうか。筆者は住宅ジャーナリストとしてデベロッパーを取材する機会が多いのだが、幸いにもその会社は訪れたことがないし、考え方がおかしいと思うので今後も取材に行く積もりはない。

 さて、住宅メーカーとマンションデベロッパーに、これだけの「耐震格差」がついてしまったのはなぜだろう。

 85回の震動に耐えた「xevo」

 プレハブ住宅の中で耐震性が最も優れているのは、住宅メーカー最大手の大和ハウス工業が、2006年9月に販売した鉄骨プレハブ住宅「xevo」(ジーヴォ)だ。

 「xevo」はどれほど強いのか。兵庫県三木市にある「3次元震動装置(愛称、E-ディフェンス)」で行われた実験の結果を見てみよう。

 実験では住宅を合計で85回も揺すった。

 (1) 震度6強から震度7で18回
 (2) 震度5強から震度6弱で33回
 (3) 震度4から震度5弱で34回

 この中には、阪神・淡路大震災の「神戸海洋気象台波」で記録された「最大加速度818ガル」という巨大震動に加えて、E-ディフェンスで揺することができる最大限界で、「神戸波」の2倍に達する「最大加速度1636ガル」という超巨大震動も含まれる。

 実験では、住宅は下表のように変形した(変形が少ない方が丈夫)。表に出てくる耐震住宅とは「xevo」を、制震住宅とは「xevo」の耐力壁2カ所に地震のエネルギーを吸収する制震装置をつけたオプション版を指している。


  耐震等級1レベルの一般木造住宅では、阪神・淡路大震災「神戸波」の半分、400ガル程度の地震で2階床の変形が27.0mm 程度になるはずである。それに対して、大和ハウスの耐震住宅は「神戸波」で変形が高々12.6mm 。「神戸波」の2倍でも変形は29.8mm で、躯体の損傷はほとんどなし。制震住宅はさらに頑強で、耐震住宅と比べて変形は約半分にとどまっている。

 合計85回揺すった結果を下表に示す。


 「神戸波」で揺すって、さらに「神戸波」の2倍で揺すって、その他もろもろの地震波で83回揺すって、大和ハウスの耐震住宅は「大きな損傷なし」、制震住宅は「損傷なし」。実に頼もしい限りではないか。

 住宅メーカーのひたむきな「ボディー愛」

 住宅メーカーはなぜ「地震に強い住宅」にしゃかりきになり、マンションデベロッパーはしゃかりきにならないのか。ずーっと不思議に思っていたので、周りにいる専門家と何回か議論を重ねた。

 「プレハブ住宅は工場製品なので耐震性を向上させやすいが、マンションは一品生産なので向上させにくい‥‥」。デベロッパーが設計者、施工者に強く指示すれば、地震に強いマンションはつくれるはずなので、この意見だとどうも理屈が通りにくい。

 「住宅メーカーは製造と販売を兼ねる“製販一体”なので、購入者(ユーザー)のニーズを商品企画に反映させやすい。しかし、マンションは“製販分離”が多いので、ユーザーのニーズが企画に反映されにくい‥‥」。かなり説得力がある意見なのだが、姉歯事件でユーザーが地震に強いマンションの必要性を痛感しているのに、デベロッパーの腰がなぜ重いのかを説明しきれてはいない。

 「住宅メーカーでシェアトップを争っているのは大和ハウスと積水ハウス。ともに大阪に本社があり、阪神・淡路大震災の記憶が強く残っているために耐震性向上に熱心で、それが業界をリードした。一方、マンションデベロッパー大手のほとんどは東京に本社を置いているので、熱気が伝わりにくかった面がある‥‥」。確かに、その通りなのかもしれない。

 謎が解けたのは大和ハウスの記者発表に出席したときだった。新商品「xevo」の「x」は、耐力壁のブレース(すじかい)の形をイメージしたもの。つまり、構造体を商品名に採用してしまっていたのだ。

 「なぜ、そんなにしゃかりきになるのですか」。商品開発を担当した大和ハウス取締役の濱隆氏に質問した。「住宅メーカーが最もこだわらなくてはならないのは何と言っても構造なんですよ」。

 プレハブ住宅は構造体に内装材、外装材、設備機器などを取り付けて完成させる。プレハブ住宅のコアとなる構造体だけは、住宅メーカーが全力で取り組むしかない。それに対して、内装材、外装材、設備機器などに関しては、外部の専門メーカーの協力を得ればいい。

 これは、トヨタやホンダなどの自動車メーカーが、車体とエンジンだけは必ず自社で製造するのと似ている。メーカーである以上、構造体や車体などの「ボディー」づくりには徹底してこだわるしかないのだ。

 住宅メーカーが本気になってボディーを改良しようとするから、それに応じて耐震性もグングン向上したのだろう。地震に強い住宅にさせる原動力は、住宅メーカーのひたむきな「ボディー愛」だった。

 一方、マンションデベロッパーが行うのは「用地取得、商品企画、建設事業、販売」で、設計は設計事務所、施工はゼネコンに依頼するケースが大部分だ。すなわち、デベロッパーが直接、ボディーをつくることはない。関係が薄ければ、当然ながらボディー愛が生まれることはない。

 ボディー愛があるかないかで、住宅メーカーとマンションデベロッパーに大きな格差がついてしまい、姉歯事件を経てもその格差が縮まることはなかったのだ。 << 細野 透(建築&住宅ジャーナリスト。)>>

nikkeibp.co.jp(2006-11-08)