1億人の命を奪ったインフルエンザ流行の惨状
===本のカルテ===
「グレート・インフルエンザ」

 1917年、第1次世界大戦が始まって3年、それまで頑なに参戦を拒んでいた米国のウィルソン大統領がドイツとの戦いに踏み切った。その結果、全米から400万人の兵士が欧州の前線に送られた。

 その中には、1918年のインフルエンザ発生の地とされるカンザス州ハスケルから召集された若者たちも混じっていた。彼らは近くの兵営で大勢の新兵と一緒に訓練をうけ、やがてインフルエンザ・ウイルスとともに海を渡り、全世界にいわゆるスペイン風邪を伝えることになった。

 1920年に終息するまで人類史上最大の、おそらく1億人が犠牲になったとされる世界的大流行はこうして始まった。治療法も薬もないまま、患者はチアノーゼで肌が黒変し、激しい咳と熱を伴いながらもだえ死んだ。

 しかも丈夫なはずの兵士や若者が先にやられ、手をほどこす間もないほど短期間に死んでいった。巻頭に収められた死体埋葬や病棟の写真がそのすごさを物語っている。あまりの惨状に、戦意低下をおそれた各国は強烈な情報統制をおこない、唯一、ニュースを流した中立国のスペインが名前を使われ発祥地にされてしまった。

 そして今、またインフルエンザの世界的流行が心配されている。現代の交通事情を考えると、発生したら1918年とは比べようもないくらいの速さと規模で世界中に拡がるだろう。確かに90年前より、医学は進歩した。1918年には、科学者たちはついにインフルエンザの病原体も発見できないまま終わった。当時はウイルスについての研究は未熟で、世界中の研究者はコッホの弟子のファイファーが発見したインフルエンザ桿菌(かんきん)が原因と思い込んで細菌を探しまわり、徒労を重ねたのだ。

 「現代は違う」、「ウイルスの正体はわかっている」――、と私たちは甘く見てはいないだろうか。たかが風邪と思っているが、インフルエンザは特殊な感染症だ。非常に効果的に伝染し、免疫的に無防備な人たちを狙って一気に拡がる。専門家たちはインフルエンザ・ウイルスに遺伝子の配列を変える能力がある以上、新たな世界的流行が起こることはほぼ間違いないとみている。

 スペイン風邪による日本の死者が、30数万人もいたことを私たちは忘れている。関東大震災の犠牲者の3倍である。もしいま同じ大流行があれば死者は約80万人、毎年の交通事故死の100倍にもなる。予防効果があるとされるタミフルの備蓄など対策が急がれているが、抗ウイルス薬の効果は限定的だ。ワクチンがより有効なのはわかっているが大量に作らねばならず、製造には何カ月もかかる。後書きで訳者は、私たちがインフルエンザ不感症になっていると警告している。

 この本は建国以来、初めての非常事態に追い込まれた米国で、必死に治療法や病原体を探そうとした米国医学界の先人たちの苦闘を中心に語られているが、同時に、想像以上の巨大な力の攻撃を受けたときの社会の混乱ぶりも浮き彫りにしている。事の重大さを把握できずパニックに輪をかけた当局、軍医の報告を握りつぶし戦死者より多くの病死者を出した将軍、いたずらに恐怖をあおるか、逆に根拠のない楽観説を流した新聞――。ひとつひとつのエピソードから、経験したことのない事態での対応の難しさが伝わる。

 実際に直面したとき、いかに限られた時間と医療資源を組織し、活用するか。ここにある1918年の記録はまさに今後予想される世界的大流行のケーススタディといえる。500ページを超える大冊だが、90年前の記録から学ぶことがあふれている。(松田 博市)


日経BP健康(2006-01)