働きやすさを創る
人の考える力を生かし、やる気を高める。
生き生き働ける環境の持続は経営者の責務

 資源に乏しい日本にとって、人はかけがえのない資源である。人の考える能力を生かすことでそのモチベーションを高め、品質や生産性を高める経営が大切だ。今後は日本の人口が減少に転じる。経営者は人の多様性を尊重し、国籍や性別に関係なく、女性や加齢者、外国人などが生き生きと働ける環境を提供し続けなければならない。

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 今日の日本の繁栄は人間の知恵と技から
 天然資源に恵まれない日本にとって人材は唯一の資源であり、今日の日本の繁栄は人間のもつ知恵と技、言いかえれば技術と技能を抜きにしては決してあり得なかったと思う。21世紀においても人材がわが国の最も貴重な資源であることに変わりはないし、また、人がモノをつくることにも変わりはない。基本的な考え方を共有し、技をきちんと身につけ、プロとしての誇りを持ち、その上で力を合わせて製品をつくり上げてこそ、初めてお客様に満足いただける品質の良いモノがつくれるのである。モノをつくる企業としては、まず、こうした人を創ることが大切であり、これが「モノづくりは人づくり」という考え方につながるのだと思う。

 トヨタでは、「人を大切にする経営」ということを大切な価値観の1つとして掲げているが、製造現場における「人間性尊重」もその具体例の1つである。人間固有のものである”考える能力(=人間性)”を十分発揮してもらうことを念頭に、たとえ製造現場での繰り返し作業の中にでも”考える”余地をいかに残すかということに重点を置き、かんばん方式や標準作業といった仕組みをつくってきた。「考える」以外にも「参加する」「認められる」「責任を持たされる」といったことが働く人のモチベーションを高めることは言うまでもないし、これが結果として製品の品質や生産性向上にも結びつくのである。とりわけ「改善」は、働く人の心理面と実作業面の両面に良い結果をもたらすという意味で大切なものだと思っている。

 「改善」でモラル向上、「見える化」も推進
 人は誰でも仕事の中に、「やりにくい」「わかりにくい」「危ない」等々の問題意識や不満という部分を持っているものである。心理学的に言えば、これらの不満は”直したい”という欲求に変わり、うまく直した時はモチベーションが高まる。従って、改善を自ら進めることができる職場をつくることは、働く人々のモラル向上にとって、とても大切なことであり、もちろん、実作業面でも改善が進めば大きな効果が出て、働く人も企業もその恩恵を受けるのである。

 「改善」の目的は、一般的には「より楽に」「より安全に」「より早く」等々と言われており、これらを阻害しているのが、作業の中にあるムダ、ムラ、ムリである。言いかえれば、改善とはこの3つを排除する活動なのである。

 改善活動を皆で協力して進めるには、まず職場のすべてが見てわかるようになっていなければならない。トヨタの現場では、これを「目で見る管理」として現場のいたる所に導入し、近年では、事務・技術の職場にまでこの考え方を広げ、「見える化」と称している。

 一方で、生産現場における女性、加齢者、期間従業員の比率増加や、海外現地生産の拡大などにより、作業者の経験に基づいた従来のカン・コツといった暗黙知を、誰の目にも見え理解できるよう客観的な指標等で明示知化することも必要不可欠となっている。

 こうしたことから、トヨタでは、設計・生産技術・製造が一体となって、情報の共有化を図り、ハード面では設計・生産技術部署が作業負担軽減技術を集約し、技術開発を進めると共に、ソフト面では、製造部署が工具の操作方法や重量物の持ち方や持つ位置などを体系化し、マニュアル化して標準化を行っている。

 人材の多様性を尊重し、生産人口の減少に対応
 もちろん「働きやすさを創る」ことは、生産現場に限ったことではない。経営環境が大きく変わる中、様々な人材の特性を生かしていくことが必要であり、多様性(ダイバーシティ)の尊重も重要である。企業が多様な人材の価値観や選択を生かせる人事システムを提供する一方で、各個人は自己の選択と責任に基づいた働き方の中で最善を尽くす。そうすることで、1人ひとりがやりがいを持って働くことができる環境・風土が醸成される。トヨタでは一昨年にダイバーシティプロジェクトを発足させ、「女性」の観点から会社の課題を洗い出し、働きやすさを追求している。

 日本の人口減少は今後1−2年のうちに始まると言われており、15歳から65歳までの生産年齢人口ということでいえば、減少はすでに数年前から始まっている。そうした中、女性や加齢者、そして外国人の力をいかに活用するかということが、企業経営の中でまさに「待ったなし」の課題となってくる。その課題に対応するためにも、国籍や性別に関係なく、人々が生き生きと働ける環境を提供し続けることが経営者の責務だと考えている。

トヨタ自動車 社長 張 富士夫氏(NIKKEI NET 2004-08-17)