妊娠女性と3歳未満の子どもはヒジキを食べるな

 英国食品規格庁の発表によって明らかになったヒジキの含有ヒ素は、厚生労働省の発表文が与える印象よりもかなり深刻な健康被害をもたらしている可能性がある。一般的なヒジキ料理の一食分は、厚労省が発表した1日平均摂取量の数十倍から100倍近い分量であること、発癌性以外に低濃度の無機ヒ素が胎児に恒久的な障害を与える危険性があるからだ。ヒ素の毒性に詳しい聖マリアンナ医科大学予防医学講座助教授の山内博氏は、「妊娠女性と3歳未満の幼児はヒジキを食べるべきではない」と断言する。

 同氏は、「無機ヒ素は胎盤を容易に通過するため、妊娠女性が摂取すれば速やかに胎児に移行する。動物モデルを用いた実験で、無機ヒ素には催奇形性があるほか、胎児に脳障害を引き起こすことが判明している」と指摘する。カルシウムや鉄分を豊富に含み、身体に良いからと妊娠中にヒジキを頻繁に食べることは、母親自身の慢性ヒ素中毒をもたらすだけでなく、胎児に甚大な影響を与える可能性があることになる。また、「3歳未満の幼児についても脳血管関門が未成熟なため、ヒジキの摂取が成人とは比較にならない影響を与える危険がある」(山内氏)という。

 厚生労働省は、体重50kgの人なら、1日当たり4.7g以上を連続して食べなければ、世界保健機関(WHO)が規定する15μg/kg体重/週(体重50kgでは1日当たり107μg)を超えることはないとしている。国内生産量と輸出入量などから国民1人当たりのヒジキの摂取量は1日当たり0.9g程度と推計されるので、「極端に多く摂取するのでなければ」(同省)、WHOの規定内に収まるというロジックだ。

 しかし、ヒジキを食べる場合、食卓に出る量はこんなものではない。市販の家庭料理書では、最もポピュラーなヒジキの煮物1人前には、乾燥ヒジキを5〜15g用いるとしている。水に戻した状態では30〜90g程度になる。厚労省が示す0.9gの30〜100倍もの分量になる。

 英国食品基準庁が調査した日本産ヒジキのうち、最も無機ヒ素を高濃度に含んでいたものは、水に戻した状態で1kg当たり22.7mgだった。仮に50gを食べたとすると、それだけで無機ヒ素を約1.1mg摂取することになる。これは、中国など慢性的なヒ素中毒が多発している地帯で住民が汚染井戸から1日に摂取するヒ素量は匹敵する。

 半面、多くの健康情報が紹介しているとおり、ヒジキには健康に対するメリットも数多い。妊娠女性や幼児以外はどの程度の分量を目安に食べたらよいだろう。山内氏は、「小鉢1杯を週1回程度が適切」という。無機ヒ素の体内半減期は人間の場合、およそ28時間。連日摂取すれば体内に蓄積してしまう。数日以上間を空ければこうした影響を避けることができるからだ。

 「健康のため」に毎日ヒジキを欠かさないという人は決してまれではない。厚生労働省は、食品安全委員会や農林水産省などと連携して今後の対応を決めるとしているが、催奇形性や胎児の脳障害の可能性がある以上、詳細な検討を待たず、妊娠女性と3歳未満の幼児についてはヒジキ摂取を控えるよう、ただちに勧告すべきではないだろうか。(中沢 真也)

”日経BP社”情報(2004-08-04)